小桜姫物語 感想3 ~人体の脆さと、守護霊との出会い~ | LEO幸福人生のすすめ

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読み返しながら、あらためて気にかかった点を、引用・考察しつつ記事にしているんだけれども、

つぎのような箇所にも今回は目がとまった。

 

一番 困るのは 物質 というものの 兎角 崩れ 易いことで、いろいろ 工夫 して 造って 見 ても、 皆 半途 で 流れて 了 い、 立派 に 魂 の 宿 になるような、 完全 な 人体 は 容易 に 出来上らなかったそうでございます。その 順序、 方法、 又 発生 の 年代等 に 就きても、 或 る 程度 まで 神様 から 伺 って 居りますが、 只今 それを 申上げている 遑 はございませぬ。

 

人間の肉体、人体のもろさ、物質というものの脆さについて、語られています。

 

わたしたちは人間の肉体というものを、何かすでに完成された理想の乗り物のように思ってしまうけれども、歳をとれば弱っていくし、病気になればあちこちに異常が起きることを知っています。

そうした意味でも、そんなに強靭なものではないし、大きな事故に遭ったりしたら、肉体生命の存続すら難しくなる。そういう意味での脆さ、というだけでなしに、

 

小桜姫が述べているのは、人間の肉体がこのような形になるまででも、大変な歳月と苦労を重ねて、神霊は創り上げて来たらしい、ということを言っているんですね。

幸福の科学では、さまざまな宇宙人の姿が語られていますが、そのどの身体も特徴的ではあるが、これで完全体と言えるほどに、素晴らしく、強靭で、あらゆる機能を揃えた人体になっているわけではないようです。

三次元世界に宿る肉体は、仮の宿りであるので、何千年も健康体でどんな危害にあってもビクともしないような肉体であっても困るのでしょう。

人間の本性は魂であるので、魂の成長・発展のための乗り物として、この世の肉体はわずかの期間だけ使えるように創られている。そう考えた方がいいのかもしれません。

 

もう一つ、非常に気になって、しかも、なるほど、と思えたのは、次の箇所です。

この霊言を読むのは、もう3度か4度目になるのですが、今まではそんなにそこを注意して読むことはありませんでした。今だから、なるほど、と強く納得するものがあるのですが、

 

問『あなたが 私 の 守護霊 であると 仰っしゃるなら、 何故 もっと 早くお出ましにならなかったのでございます (中略) 心細い 日 を 送って 居りましたが、 若しもあなたのような 優 さしい 御方 が 最初 からお世話 をして 下さったら、どんなにか 心強いことであったでございましたろう。

 

死んですぐに守護霊がやってきてくれたわけではなかった。

この時、出会うとすぐに、非常に近しい、そうした親近感をおぼえる守護霊に会ったのだけれど、あなたのような人がいてくれたなら、なぜすぐに会いに来てくださらなかったのですか? そう、小桜姫は問うています。

 

それに対する守護霊の返事が、なるほど、納得です。

 

答『それは一応 尤 もなる 怨言 であれど、 神界 には 神界 の 掟 というものがあるのです。あのお 爺様 は 昔 から 産土神 のお 神使 として、 新たに 帰幽した 者 を

取扱うことにかけてはこの 上 もなくお 上手 で、とても 私 などの 足元 にも 及ぶことではありませぬ。 私 などは 修行 も 未熟、それに 人情味 と 言ったようなものが、まだまだ 大 へんに 強過ぎて、 思い切ってきびしい 躾 を 施 す 勇気 のないのが 何よりの 欠点 なのです。あなたの 帰幽 当時 の、あの 烈しい 狂乱 と 執着……とても 私 などの 手 に 負えたものではありませぬ。うっかりしたら、お 守役 の 私 までが、あの 昂奮 の 渦 の 中 に 引き込まれて、 徒 らに 泣いたり、 怨んだりすることになったかも 知れませぬ。かたがた 私 としては 態とさし 控えて 蔭 から 見守って 居る 丈 にとどめました。 結局 そうした 方 があなたの 身 の 為 めになったのです。

 

すぐにそばに来てほしかったという、小桜姫の言葉はもっともですが、と守護霊は返事をしています。

しかし、あの時すぐにそばに参っても、わたし(守護霊)のような未熟なものでは、あなたの苦しみに共感し、同情心から厳しいアドバイスも出来ないし、苦しみや悲しみの奔流に、わたし自身も巻き込まれてしまう危険があったため、あえて距離を取って、遠くから見守るしかなかったのだ、と。

そうして、お爺様(指導霊)に任せることになったのだが、あの方の方が導き手としては、遥かに指導力が進んでいるので、だから任せたのです、とのこと。

 

守護霊はさらに、苦しんでいた時の小桜姫だけでなく、それ以前の現世における小桜姫の事情もすべてつぶさに知っています、と話し続けます。

 

あなたの 一身上 の 事柄 は、 現世 に 居った 時 のことも、 又 こちらの 世界 に 移ってからの 事 も、 一切 知り抜いて 居ります。それが 守護霊 というものの 役目 で、あなたの 生活 は 同時に 又 大体 私 の 生活 でもあったのです。 私 の 修行 が 未熟 なばかりに、 随分 あなたにも 苦労 をさせました。

 

わたしが未熟であったがために、あなたを十分に導くことが出来なくて、そのため苦労が絶えず、申し訳ないことをしました、と謝っています。

 

守護霊は、守っている相手とは一心同体であり、ともに人生を歩んでいるのだ、ということがよくわかります。

さらには、その守護霊もまた、当人と同じく人間としての情を持っていて、能力的にも完全ではないために、守ってはいても、あらゆる困難を克服できるような指導が出来るわけもないこと、そのこともわかります。

 

守護霊もまた、何百年か前に地上に生きた人間としての魂であり、そうした魂経験や学びを超越できているわけでないことは、つづいて語られる、守護霊自身の地上生を知ると、よくわかります。

 

私 はもと 京 の 生れ、 父 は 粟屋左兵衞 と 申して 禁裡 に 仕えたものでございます。 私 の 名 は 佐和子、二十五 歳 で 現世 を 去りました。 私 の 地上 に 居った 頃 は 朝廷 が 南 と 北 との 二つに 岐 れ、一方 には 新田、 楠木 などが 控え、 他方 には 足利 その他 東国 の 武士 どもが 附き 随 い、 殆 んど 連日 戦闘 のない 日 とてもない 有様 でした……。 私 の 父 は 旗色 の 悪い 南朝方 のもので、 従 って 私 どもは 生前 に 随分 数々 の 苦労 辛酸 を 嘗めました。

 

室町時代に至る前の南北朝時代に生まれ、25歳の若さで命を失った、そういう人生であったと、守護霊は語っています。

 

実は…… 今更 物語るのもつらいのですが、 私 には 幼 い 時 から 許嫁 の 人 がありました。そして 近い 内 に 黄道吉日 を 択んで、 婚礼 の 式 を 挙げようとしていた 際 に、 不 図 起りましたのがあの 戦乱、 間もなく 良人 となるべき 人 は 戦場 の 露 と 消え、 私 の 若き 日 の 楽しい 夢 は 無残 にも一 朝 にして 吹き 散らされて 了 いました……。それからの 私 はただ一個 の 魂 の 脱 けた 生きた 骸 …… 丁度 蝕 まれた 花 の 蕾 のしぼむように、 次第に 元気 を 失 って、二十五の 春 に、さびしくポタリと 地面 に 落ちて 了 ったのです。あなたの 生涯 も 随分 つらい一 生 ではありましたが、それでも 私 のにくらぶれば、まだ 遥かに 花 も 実 もあって、どれ 丈 幸福 だったか 知れませぬ。 上 を 見れば 限りもないが、 下 を 見ればまだ 際限 もないのです。 何事 も 皆 深い 深い 因縁 の 結果 とあきらめて、お 互 に 無益 の 愚痴 などはこぼさぬことに 致しましょう。お 爺様 の 御指導 のお蔭 で 近頃 のあなたはよほど 立派 にはなりましたが、まだまだあきらめが 足りないように 思います。

 

人は苦しみの中にある時、自分自身の不幸を嘆き、こんな人生は耐えられないと叫びますが、下を見ればもっと苦しんでいる人はたくさんいること。

諦念の気持ちも必要な時があるし、どんな不幸の中にあったとしても、愚痴ばかり言っていては何の解決にもならない。

ましてや、あの世に帰ったならば、地上人生への後悔もいい加減なところで打ち切り、執着を絶って、あらたな霊的人生を歩み始めないといけない。

 

ここで語られる、地上生への執着を絶つこと、というのは、きわめて仏教的な教えであると、読んでいて思います。仏縁の有る方であるのが、よくわかります。

 

その後 私 の 守護霊 は 約束 のとおり、しばしば 私 の 許 に 訪 れて、いろいろと 有難い 援助 を 与えてくださいました。 私 は 心 から 私 のやさしい 守護霊 に 感謝 して 居るものでございます。

 

なぜ神は救ってくれないのか。この苦境にあって、導きの手を差し伸べてはくれないのか。守護霊がいるなら、なぜ助けてくれないのか。

 

その問いに対する答えは、霊言からさまざまに読み解けるように思います。

 

素直な心がなくば、いかに崇高な導きを受けても、我意の心は馬耳東風になってしまい、せっかくの導きを導きとして受け取っていないのかもしれません。

指導霊の言葉が素直に心に入ってこなかった、感情に翻弄されて慟哭していた時の小桜姫の姿から、そうしたことが学べるように思います。

 

そうして、守護霊が十分な助力を与えてくれないように思う、という点も同様にして、素直でないから、という自身の問題だけでなく、守護霊もまた完全ではないがゆえに、導きたくとも、その手腕が足りていない、ということもあるのかなー、と、

そんな感想も抱きました。