小学校で一番楽しかったのはいつ頃?
と尋ねられれば 僕は 4年生の10歳の頃だと答える。
3年生は 祖父が亡くなり と同時に僕も謎の神経症に見舞われ しんどかったし。
5年生は 田舎の小学校から ちょっと街中の小学校に転校して さびしかった
環境に順応するのも大変だった。
だから4年生。
神経症状も治り いじめられることもなく 気が付けばみんなの輪の中で楽しんでる自分がいた頃。
まるっきり子供ではないけど、まだ思春期のとがった自意識は目覚めてない頃。
転校してからも そのクラスの集合写真を小さな写真立てにいれて ずっと机の上に置いていた。
みんなを忘れたくない、と思った。
そういえば4年生の頃陸上部に入っていたことを思い出す。
なんで陸上部?? 今となっては そのチョイスの理由がまったくわからない。
特に走ることが好きとか トラックを見るとテンション上がるとか そんなことはなかった・・・はずだ。
友達にでも誘われたんだろうか。
でも やってみると走ることを楽しんでる・・・とまではいかないかもしれないが、決して嫌いでないことに気が付いた。
短距離よりも 長距離の練習が好きだった。
いつも登下校で通る道を みんなで息を切らせて走る 見慣れてる景色が少し違って見える。
そんなドライブ感みたいなものが好きで タイムとかは割とどうでもよかった。
単純に長いこと走るのが なんとなく気持ちよかった。
陸上クラブはせいぜい週に一度ほどの練習だったけど、家でも夜に父親と走ったりしていたので 多少からだが鍛えられた。
4年生の頃楽しかったのって もしかして 走ってたことも関係あるのかな? と最近思った。
ランニングをするとセロトニンとかドーパミンとか 心のバランスに必要な脳内物質が適度に出るらしい。
それが神経症を良くしたり、学校で楽しく過ごすこととも関係してたのかもしれない。
外を走ることは自分に向いている?
そう思うと 確かに ・・・
中学の三年間 ずっと帰宅部で 運動と言えば体育だけ。
ゲーム大好きだった頃 週刊ファミ通だけが楽しみだったころ(笑
気分的には 鬱っとしてることが多かったし、
おまけに神経症が微妙に再発していた。
ところが高校の二年間 体育会系のクラブ(偏見の目にさらされやすい卓球部)に入って、
授業が終わると 体育館に直行し まずアップで校舎周りを何キロか走る。
そのあとは夕方までピンポン玉を打ちまくる! ( `ー´)ノ スマーッシュ
という生活を試験期間と土日以外はほぼ毎日やってた頃、、、
結構充実感はあったし、ご飯はおいしかったし、週末に小説を読んだりするのも楽しかった。
神経症はなりを潜めていた。
ところが、高3で引退。
ほぼ運動しない生活にいきなり戻る。
すると 将来への不安感や 入試のストレスなどで かなりメンタルがダウンしたのだった。
こうして俯瞰的に見ると メンタルを崩しやすい 自分には 運動(走ること)がとても 有効で必要だったんじゃないかと思える。
17歳の頃、クラブからの帰り道
透明な夕暮れの中を自転車こいでいると
急に 「あーこの瞬間って いつか 消えちゃって 戻らないんだ」と思い
きれいな空を見上げながら いつのまにか半泣きになってた。
センチメンタルなお年頃というのもあるけど、あの空の美しさは からだを動かしてたこととも関係あるのかもしれない。
僕はその後 そういう感性を発達させたくて 絵を描いたり 小説をたくさん読んだり 想像する練習をしたり・・・・
してたけど 感性や思考力と 運動が 深くかかわってることには気づいてなかった。(なので運動しなかった)
だから作家の村上春樹さんが毎日 小説書く前に めっちゃ走る というのをエッセイで読んだとき いまいちピンとこなかった。
なんか作家っていうのはもうちょっと不健康でいいんじゃないかと思ったのだ(笑)
でも今は意味が分かった。
からだの運動と 感性や 思考力 は確実に結びついている。
知的で創造的な仕事こそ、運動が必要かもしれない。
精神的にバランスを崩しやすい人にも からだを動かすことが強力な助けになる。
人間は何万年も狩猟採集の生活を続け 日に何キロも歩く生活をしていた。
歩かなければ 食料は見つからない。
生きることは 歩くこと 時に走ることだった。
それが農耕の始まりとともに劇的に歩かなくなり 産業革命とともに ほとんど動かなくなった。
そしていろいろな病気も増えていったらしい。
だからウォーキングやジョギングは ある意味で 人が 生物としての根幹に戻ることだと思う。
そうして 爽やかになったり 風景が美しく 人生がさっきよりも意味ありげに感じられたりするんだと思う。
生きてる実感を感じたければ 歩いて 走ってすればいい?
単純化しすぎてるけど ある意味真実だと思う。
世界が美しく見えるから 走る
そんな人も多いんじゃないだろうか。
小4の僕は無意識に自分に必要なものに気づいていて だから陸上部をチョイスしたのかもしれない。