僕は日常的にあまり動物と触れ合う機会はない。
でも、散歩中 猫に合うとよくコミュニケーションを試みる。
たいていの猫は注意深い。
ぴたっと動きを止めてこちらの様子を食い入るように 大きな目でみてくる。
距離を詰めると逃げられることが多いけど、たまに ものすごく人懐っこい猫がいる。
そういうのにつかまると
足に頭をこすりつけられ
いつのまにか膝に乗られて ゴロゴロゴロ・・・・何の断りもなく喉を鳴らし始めるので
しばらく その場を動けなくなる。
猫はほとんど寝ている。だいたい人の2倍くらい寝ているらしい。
人間が一日16時間寝てると多分ダメになると思うが、
なのに彼らはあの機敏な動きと 敏感さを持っている。
窓際で 雨を見ている猫を見ると なぜか哲学者か詩人のように見える。
ただ、ボーっとしてるだけかもしれないのに ちょっとお得な風貌をしてる。
「魔女の宅急便」のキキが連れているのは 黒猫のジジ。
ジジは猫の印象をよくあらわしている。
クールで マイペースで気まぐれ ちょっとユーモラスで 陰性で 神秘的な存在。
それを考えると ドラえもんが 猫型の子守ロボットだという設定は面白い。
ドラえもんは母性的だけど それは本来猫のイメージじゃない。
情けないのび太にため息をつきながら それでもいつも助けてくれるドラえもんは どちらかというとレスキュー犬的である。
未来から来たレスキュー犬。
レスキュー犬は 世界中で活躍してるけど レスキューキャットは聴いたことがない。
多分成立しないのだろう(笑)
でも 僕は猫に慰めてもらったことがある。
多分18,9の・・・季節は今ころだと思うけど
大学生の長い夏休みに帰省していた。
一回生だったけど ほとんど授業にも出ず サークル活動もせず アパートの部屋に引きこもっていた。
家族や友人には普通に大学生活を送ってるような、なんでもないふりをしていた。
でも対人恐怖もあり つらくて 孤独で 仕方なかった。
部屋で泣いていると 当時実家で飼っていた猫が寄ってきて 僕の胸に前足をかけて
顔を寄せ
涙をなめてくれた。
涙が落ちるたびに何度も、何度も。
あれはいったいなんだったんだろう?と今でも不思議に思い出す。
そのころ 誰にも対しても深い感情を表現する ことができなかった。
でも感情のコップがいっぱいになり 決壊して あふれ出るとき それを受け止めてくれたのが
人ではなく まだ小さな子猫だった。
僕は子猫に慰められることなんて まったく期待してなくて
ただ 猫以外に誰もいない部屋にいたから 泣いてただけだった。
逆に言うと 誰もいないと思っていたから泣けた。
でもそこには 僕の感情を感じ取る存在がいた。
動物には 人の気持ちが伝わる ということをその時初めて経験した。
その子猫は僕が出会った 初めてのセラピストだったのかもしれない。
人には素直になれなくても 動物になら心を開ける人は多いと思う。
動物は 今ここにあるエネルギーに反応するだけで その人の容姿や 社会的身分や その他の人間的基準で人をジャッジすることはない。
そのためだろう。
もし神様がいるなら 神様も人をそのように見ていると思う。
動物の愛と 神様の愛は似ているみたいだ。
動物が僕らを見るように
神様が僕らを見るように
僕らも自分自身を見れればいいのにと思う。