無事に帰ってきました。
昨夜二次会終わるまで参加しちゃったので、かなり疲れが残っていました。まぁ、寄り道しながら休憩しながらゆっくり帰ってきましたよん。
さてさて、2001年から個人的にお付き合いが始まり、ここ数年は家族ぐるみでのお付き合いが続いていた手鼓舞が無くなりました。
解散パーティの席でテーブルスピーチが回ってきたときに私はこう言いました。「自分のチームが解散したとき、悲しくて寂しかった。大ファンの手鼓舞が解散するにあたっては悔しい気持ちで一杯です」
悔しいですねぇ…
手鼓舞は残念ながらファイナルステージに登るような大規模チームにはなれなかった。でも、大規模チームを含めた300チームを超すと言われる参加チームの中でも、突出して素晴らしい踊りを踊るチームだと思っています。
全ての踊り・構成を自分達で煮詰め、作り上げていく姿勢。年齢に関係なく切れ味鋭い踊りを見せる素晴らしい練度。ファイナルチームと比べても遜色ないと確信しています。
そんな手鼓舞がなぜ解散しなければならなかったのか。
YOSAKOIソーランは北海道にホントに根付いてるんでしょうか?
よく北海道のYOSAKOI関係者が四国のよさこい祭りを見て「四国のよさこいは間違いなく祭りだ」と言う話を聞きます。裏を返せば北海道のYOSAKOIソーラン祭りは祭りじゃないと言うことです。
理屈っぽく批評家的目線でチームの踊りを見る観客。観客・収入を意識しすぎた組織委員会の運営。それらを考慮せざるを得ない参加チーム。
祭りとコンテストは別のモノですが、YOSAKOIソーラン祭りは祭りという名のコンテストになっています。
参加者の裾野は広がっているとは言い難い状況です。コンテストに出るほどの踊りを踊る集団に、簡単に入っていけるだろうか?あの人達はYOSAKOIソーランを踊れる特殊な能力を持つ人達だ。とても私なんて…そう思わせていては人なんか集まるはずもありません。
踊りや構成が高度になればなるほど、簡単には近づけない遠い存在になっていくはずです。
これは手鼓舞でも免れることは出来ません。いや、手鼓舞の踊りが素晴らしければ素晴らしいほど近寄りがたくなっていくはずです。
そうは言っても、高度な踊りを見せたいと思う気持ちはどのチームのメンバーも一緒。高度かつ「私にも出来るかもしれない。やってみたい」と思える踊り。この折り合いをどうつけていくか問題です。
ファイナルに登るチームは絢爛豪華。150名に達する踊り子がステージを登ったり降りたり、回ったりしゃがんだり、とてもごくごく普通の人が参加できる代物には見えません。YOSAKOIソーランの象徴がファイナルチームであるなら、もっと身近に思えるものにするべきじゃないでしょうか?
また、人数不足に喘ぐ地方チームには、運営を任された役員やリーダー達の負担も重すぎます。
せめて精神的な負担だけでも減らせるような工夫はないのか…
例えば、本祭だけを目指して結集し、本祭が終わったら解散するチームにする。祭り開始当初に立ち返り、40名の人数規制を撤廃する…やりかたはあるような気がするんです。
もっと踊りたいと思う踊り子がいるのに、人数が揃わないばかりに解散せざるを得ないチームがあるなんて馬鹿げてます。
そして、そういうチームが沢山ある現実を、運営主体である組織委員会はしっかりと認識しなければなりません。今のままではYOSAKOIソーラン祭りに未来は無い。150名規模の数チームと本州からのゲストチームだけで運営するなら別ですけどね。
私がYOSAKOIソーラン始めたとき、『YOSAKOIは誰でも主役になれる祭りだ』と言われていました。観客にそれを思い出してもらい、私も参加したい思わせる。見ている人達がどんどん楽しくなる。組織委員会には、そんな祭りを作り上げる工夫を考えて欲しいものです。