バイト先にまた翔がやって来た。

 

「態度悪いな。ちゃんと接客しろよ」
「…………いらっしゃいませ」
「マスター!この店員ふてくされてる!態度悪いんだけど!」
「バイトのたび来んな。暇人」
「マスター!口悪いよクレーム入れていい?」
「潤、一応お客様だろ」
「マスター!!」
 
マスターが笑いながら彼の接客を始めたので俺はその場を離れた。

彼の真意はわかっている。この店は俺のアパートの近くにあるから、また何かあるかもしれないと心配して迎えに来てくれているのだ。
もう大丈夫だからやめろと言っても来ることはやめない彼に俺はどうしていいかわからなかった。
もちろん悪い気持ちはしないけど、こんなことをされたら好きになる一方だし、距離が近くなりすぎるのもどうかと思っていた。彼の時間を奪っているのも気になってしまう。

こっちの気持ちも知らないで満面の笑みで見てくる彼に『ばーか』と口パクで言ってやった。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……あのさ、もう本当に来ないでほしいんだけど」
 
さすがにちゃんと断ろうと思って切り出したのに、好きでやってんたから気にするなと結局丸め込まれてしまった。

彼は元々世話焼きタイプで、今は彼女もいないし俺をその対象にしてるんだろう。
あの夜以降それらしい雰囲気になることは全くないことからも、俺を恋愛対象にはしていないと思う。
時間も金も余裕があるからこういうことになってるのかもしれない。
コイツには早いとこ女を作ってもらった方が良いんじゃないか。
その方が俺の精神安定上良いような気がする。


 

 
「就活、うまくいってんの?」
「んー、どうだろ。厳しいかも」
「そっかー」
 
なかなかうまくいかないだろうことはわかっていた。
それでも選択肢は意外といくつかあって、学校の方の繋がりだったりライブハウスやイベントスタッフのバイトで培った人脈も使えそうだった。
多分、就職先は何とかなる。
でも、本当にそれでいいのかなとは思う。
俺は、諦めさえしなければどのルートからでも夢を叶えることはできるものだと思っている。
でも本当にそのルートでいいのかここにきても迷っていた。
辿り着く結果がたとえ同じだとしても、過程で何を得てきたのかが大事なはずだ。
 
俺は翔が眩しかった。
迷いも葛藤も糧にして、ただただ邁進する彼を羨ましいと思った。
 
 
 
 

 
 
 
 
 







 
 
 

久々にクラブに行く約束をしていた日にバイトのヘルプが入ってしまった。
良い機会だと思い「久々に遊んでくれば?」と言ったら「遊んでるから大丈夫」だと返されて内心びっくりした。
全然わからなかったけど、ずっと一緒にいるわけじゃないんだから、俺が気にし過ぎていたってことか。
良かったと思う気持ちとショックに思う気持ちからぼんやりしていたら、食器を流しに放り込む音がしてはっとした。
彼にしては珍しいことだった。

行けなくなった俺が言うのは無神経だった。
あまりにも彼に甘えることが癖になっている証拠だ。
 

 

「ごめん」と謝って、洗った食器を拭いていく。
お前が優しいことに慣れちゃって、無神経なこと言ってるよな。ごめん。



 
「ちょっと言っときたいんだけど、別にお前が心配だから一緒にいるわけじゃないから」
「……」
「お前といると楽しいから一緒にいるだけ。友達だろ」
「……そういうこと言ってるから女と続かないんじゃないの?」
「かもなー。つーかしばらく彼女は作る気ないし」
「なんで?」
「……働き出したら多分続かないから。だったら今から無理矢理作ったって意味ねーし」
 
……彼女を作らない理由はそれか。
俺がいるからとかじゃなくて、ただの時期的な問題だったんだ。
別に俺がいるからだと思うほど自惚れてはないけど、言葉にされると思った以上に堪えた。
でも、真面目な彼らしいなと思う。
きっと働き出して自分のペースを掴んで、少し余裕ができたら彼女を作って、真面目に2、3年付き合って、そのまま結婚するんだろう。
次期社長なんだし、それ以外にはないよな。

 


 
「今日練習?メシ食べてくる?」
「あー、6時までだから多分そこで解散」
「じゃあ俺メシ作るよ。食べたいもんあったらメールして」
「……わかった」
 




今日は彼の好きなものを沢山作ろうと思った。
彼の傍にいられる今を、大切にしようと思った。