『櫻井翔』を認識したのは、入学式の新入生代表挨拶の時だった。

 

 

 

 

 

校長式辞と在校生の歓迎の言葉が退屈で眠りに落ちそうになっていた頭の中にすっと入ってきた声。

好きな声だなと思いぱっと顔を上げると、とてつもなく爽やかな美形が爽やかな笑顔で堂々とスピーチをしていて、同じ年でこんな人間もいるんだなと驚いた。

代表ということは、入試の結果も良かったんだろう。

やはり天は二物も三物も与えるということなのかと思いそうになって、軽率に人をレッテル貼りしようとしている自分に気付く。

自分自身はそういうことに過敏になっているくせに他人に対してはこうなんだから情けないなと内心苦笑した。

 

 

 

たぶん、高校生活で会話をすることはないだろう。

卒業したら、きっと彼のことは忘れていくんだろう。

 

それでも、彼がどういう大人になっていくのかは見てみたいような気がした。

意志の強そうな瞳は自分のやりたいことは絶対に叶えるんだと言っているように見えて、頑張れよと心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、中学で母親が再婚してから家を空けることが多くなり、静かに荒れた。と言ってもお金もないし、非行に走るつもりもない。だから夜遊びするにもたかがしれていて、すぐに続かなくなった。そんな時にハマったのが音楽だった。

近所に住んでいた高校生の友人がバンドをやっていて、ライブハウスに連れて行ってもらったことが始まりだった。こんな世界があるということに驚いた。現実を忘れさせてくれたり、悩みに共感してくれたり、思いを代わりに叫んでくれたり、生きるって楽しいなと単純に思わせてくれる音楽に一気にのめり込んだ。

その友人には一緒にバンドをやらないかと誘われたけど、表舞台に立つことにはどうしても抵抗があった。それよりも自分は音楽を楽しみたかったし、どちらかというと聴いている側に幸せをもたらしてくれる音楽の空間づくりに惹かれていた。

友人がバンド仲間を紹介してくれてから知り合いも増えていき、お気に入りのレコード喫茶も見つけた。どうしてもバイトがしたくて頼み込んだけどやっぱり中学生は駄目だったので、俺は高校入学と同時にバイトを始めた。

 

学校にいる時は、今日は帰ったら何をしようかということばかり考えていた。

色んなアーティストのCDやコンサート映像を借りて、バイトで貯めたお金でコンサートやライブにも行くようになった。

いつの間にか、音楽に携わる仕事に就きたいという夢ができて、いつかエンタメの本場のアメリカに行って勉強したいと思うようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『櫻井翔』に会ったのは偶然だった。

 

 

 

 

 

バイトに行くために乗っていた電車でたまたま彼と一緒になった。電車が緊急停止したのをきっかけに話しかけてきた人が『櫻井翔』だとわかって本当にびっくりした。

でも、彼が自分のことを知っていたことにはもっとびっくりした。

 

「……松本、だろ?」

 

彼とは一度も話したことがないのはもちろん、彼の視界に入ったことすら一度もないと思われるのに、自分のような存在を消している人間のことすらも認識しているとはさすがだと言わざるを得ない。

 

「俺、同じ高校なんだけど……。3Bの櫻井。知らない?」

「……」

「知らないか。同じクラスになったことないし……」

「……知ってる」

「え?知ってんの俺のこと?」

「……声でけえな」

 

陽のオーラというか、彼はとてもキラキラしていた。

今までもこういうふうに色んな人に声をかけて繋がりをつくって、自分から友達を増やしてきたんだと思う。

彼はいつも人に囲まれていて、そこは明るい雰囲気で溢れていた。

きっと彼には人を惹きつける力があるんだろう。

 

「ホントに俺のこと知ってんの?」

「……だってあんた有名人じゃん」

「は?」

「入学式の挨拶とか、応援団長とかもあんたじゃなかったっけ。うちの学年じゃ一番目立ってんじゃねえの?」

「まあ、そうなの、かな?目立ってるかどうかは謎だけど」

 

俺には眩しすぎるくらい『オモテ』の世界にいる彼なのに、自分が目立っている自覚がいまいちなさそうなところが面白いと思った。

 

「なあ、これからどこ行くの?誰かと待ち合わせ?」

「……」

「もし予定ないならさ、メシでも食べ行かない?」

「……」

「俺はこれから渋谷に行くんだけどさあ、一緒に……」

「行かない。予定あんだよ」

「……予定……」

「……なんだよ」

「じゃあ、友達になろうぜ」

 

 

 

 

 

……友達になろうぜって面と向かって言ってくる人間に初めて出会った。

 

こんな漫画の主人公みたいなヤツ、本当にいるんだ。

主人公に言われて承諾しようものなら、キラキラ世界に引き込まれて今度は一緒に青春しようぜとか言い出すに違いない。

マジでそれは無理だった。

断って場所を移動しようとしたら、もう静かにしてるからごめんと謝ってきた。

 

「あのさ、静かにしてるからさ」

「……」

「イヤホン、半分貸してよ。俺も聞きたい」

 

……コイツ、すごいな。

人との距離の詰め方が半端ない。

でも、彼のめげないプラスの言動とは裏腹に表情はどこか不安げで、少しかわいそうに思えてくるから不思議だった。

普段はそんなことは絶対にしないはずなのに、気付いたら俺はイヤホンを差し出していた。

 

 

 

 

 

学校の人間と、肩を並べて音楽を聴いている。

状況としてはなかなかレアだし、俺を知っている人間が見たらきっと笑うだろう。

彼がこっちを振り返る気配がしたので目線をやると、彼の大きな目が何か言いたそうにしていた。

 

「……なんだよ?」

「いや、ミスチルとか聴くんだと思って」

「なに?ヘビメタでも聴いてると思った?」

「否定はしない」

「……ミスチルは日本人みんな好きだろ」

「たしかに。俺も好きだわ」

「そうかよ」

 

彼はきっといいヤツなんだろう。

屈託がなくて、表情豊かで、初対面の人間相手でも全然気取ったところなんかなくて、一緒にいると楽しいと思わせる魅力があって。

 

これ以上一緒にいたら友達になりたいと思ってしまいそうな自分がいて、少し怖くなって目的地よりも前の駅で降車した。

 

 

 

 

 

たぶん今日みたいなことは、彼にはよくあるエピソードのひとつなんだと思う。

でも、俺にとってはなかなか忘れられない思い出になりそうだった。

 

自分にも学校生活にひとつ思い出ができたと思うと、少し嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リクエストをいただいたので潤ちゃんサイドのお話を始めてみました。

新しい妄想の種を探しているんですけどなかなか見当たらず…。

このお話で妄想をしばらく楽しもうと思います照れ

 

 

ソユ