共有の跡
今日はヒルトン名古屋の地下にある、グラン デコールさんに行ってきました。お客さんといっしょにカーテン生地の打合せです。
ゴージャスな生地や、服に仕立てたくなるような柄の生地に興味をそそられ、見ているのが楽しい。
カーテンは建物内部の一部として、空間全体の雰囲気のバランスと合わせて考えるようにしています。
その帰り道のこと、伏見の大通りから裏手に入ったところに、何かエキゾチックな雰囲気を感じました。
その原因は建物がへばりついていた跡のある、建物の壁でした。軒が出ていた跡までくっきり。3つ縦にならんでいる1番下の窓はどうやって使われていたのかな?窓をあけると隣の建物に進入できる?それとも後から付けたのでしょうか。
ヨーロッパの旧市街ではよく見かける光景、日本にはないのだと思っていました。お隣さんと壁を共有するのはなかなかむつかしい…構造はどうなるのか、所有権はどちらに…。もしかすると私が気づいていないだけで、意外といろんなところにあるのかもしれません。
ゴージャスな生地や、服に仕立てたくなるような柄の生地に興味をそそられ、見ているのが楽しい。
カーテンは建物内部の一部として、空間全体の雰囲気のバランスと合わせて考えるようにしています。
その帰り道のこと、伏見の大通りから裏手に入ったところに、何かエキゾチックな雰囲気を感じました。
その原因は建物がへばりついていた跡のある、建物の壁でした。軒が出ていた跡までくっきり。3つ縦にならんでいる1番下の窓はどうやって使われていたのかな?窓をあけると隣の建物に進入できる?それとも後から付けたのでしょうか。
ヨーロッパの旧市街ではよく見かける光景、日本にはないのだと思っていました。お隣さんと壁を共有するのはなかなかむつかしい…構造はどうなるのか、所有権はどちらに…。もしかすると私が気づいていないだけで、意外といろんなところにあるのかもしれません。
豆を煮る
このごろ、お豆をよくいただいています。
たいていストーブの上で豆を煮る。部屋も暖かくなって一石二鳥です。お鍋の中が暗いように見えるのは、きっと黒豆のせい。
黒豆、って豆の中でも高貴な感じがして、なかなか近寄り難いイメージでした。黒豆料理といえば、お正月代表!という感じがしますし…。
そういうことはしまっておいて、なんとなく相性のよさそうな野菜たちを一緒に煮こんだら、思いの外、料理の幅が広がりました。
先ほどの下ゆでしていたお豆をさつまいも、人参と共に炊く。味付けは少量の醤油のみ。
他にも、小豆といえば、あんこから和菓子を思い出したりするところを、スープに入れてぐつぐつ煮こんだら、じゃがいものように少し煮崩れて、ホクホクおいしかったです。
次はどの豆を何とあわせてやろうかな~と考えるのは、幸せなひとときであります。
たいていストーブの上で豆を煮る。部屋も暖かくなって一石二鳥です。お鍋の中が暗いように見えるのは、きっと黒豆のせい。
黒豆、って豆の中でも高貴な感じがして、なかなか近寄り難いイメージでした。黒豆料理といえば、お正月代表!という感じがしますし…。
そういうことはしまっておいて、なんとなく相性のよさそうな野菜たちを一緒に煮こんだら、思いの外、料理の幅が広がりました。
先ほどの下ゆでしていたお豆をさつまいも、人参と共に炊く。味付けは少量の醤油のみ。
他にも、小豆といえば、あんこから和菓子を思い出したりするところを、スープに入れてぐつぐつ煮こんだら、じゃがいものように少し煮崩れて、ホクホクおいしかったです。
次はどの豆を何とあわせてやろうかな~と考えるのは、幸せなひとときであります。
2012年 読み初め
かれこれ4ヶ月ぶりに記事を更新しています。
このお正月は地元の松阪に帰省中です。山を眺めながら気のおもむくままのルートを散歩をしたり、読書したり。
「いま、地方で生きるということ」
西村佳哲 著
私が学生のときは都会で、とりわけ東京で仕事をして、暮らすことに憧れていました。それからかれこれ10年以上が経ちますが、一度も東京で暮らしたことはありません。その気持ちとひきかえに、自分の感覚は都会を向いていないことに気づきだしました。どうやら、自分が把握しきれないほど、たくさんのシステムに囲まれて生活することに息苦しさを感じる性質のようです。
今私が暮らしていきたいと思うのは、さらっと言えば、コンパクトな地方都市で、その中に自然も文化も歴史が凝縮され、時間が重ねられた場所です。今年初めて読んだ本は、そんな思いが反応して選んだ一冊です。
本にはさまれていたしおり。
この一言に今年の気分を決定づけられました!
このお正月は地元の松阪に帰省中です。山を眺めながら気のおもむくままのルートを散歩をしたり、読書したり。
「いま、地方で生きるということ」
西村佳哲 著
私が学生のときは都会で、とりわけ東京で仕事をして、暮らすことに憧れていました。それからかれこれ10年以上が経ちますが、一度も東京で暮らしたことはありません。その気持ちとひきかえに、自分の感覚は都会を向いていないことに気づきだしました。どうやら、自分が把握しきれないほど、たくさんのシステムに囲まれて生活することに息苦しさを感じる性質のようです。
今私が暮らしていきたいと思うのは、さらっと言えば、コンパクトな地方都市で、その中に自然も文化も歴史が凝縮され、時間が重ねられた場所です。今年初めて読んだ本は、そんな思いが反応して選んだ一冊です。
本にはさまれていたしおり。
この一言に今年の気分を決定づけられました!






