いつもの楽しげなブログ原稿のなかに、

こんな1枚があった。

 

Ⅹ氏: 生き方がわからない。過去の生き方が悪いのかと思います。

    それなりの生き方がわからないのです!

 

書いてくれたⅩ氏に、何か伝えたい。

いや、待てよ、自分にもあるよね。生きづらさ…。

皆で、書いてみよう。ということになった。

それを一人一人が読み上げたり、説明する。

言いっぱなし、聴きっぱなしの会。

スタッフもみんな書いた。

 

そのご報告。

最後にⅩ氏が感想を言ってくれたよ。

いいなあ。

我ら、そよ風。仲間!

 

        

 

全文行きます。基本、省略訂正無しっす。

 

*自分では、「こうさんなね」「こうでなければならない」という考えは、ないと思ってるんだけど、家でも、いろんな集まりでも「いうこと聞かねな」とか「自分の考えぜったいだもの」とか言われる。人の話を最後まで聞いたり、否定しないようにして受け入れて共感するよういつも考える。

 

*家の中の立ち位置に気を使わなくてはならない。お父さんと姉の話が面白いと思っている時、お母さんが面白くないような気分になってしまう時がある。お母さんと二人で部屋を変えたり、姉やお父さんに飲み物を出したり、楽しい会話にしたりしている。

 

*生きづらい事ばかりだと思う。生活する中で守る人がいて頑張れたり、悩みを周りの人に相談したりして助かったりしている。ストレスを解消しながら、生きづらさを考えないようにしている。

 

*これを言ったら相手はどう思うだろう。どう思われるんだろう。自分なりに動いたり、発言してみるけど、あれでよかったのか…。必ず常に、考えようとしなくてもまとわりついてくる。生きづらい。言いたいことがあっても、自分のうちにそっとしまってしまう。解決策や工夫はわからないが、とりあえず相手にどう思われるかは、押し倒して何かなったらなったで、その時に考えようと思う。自分の思いは無理せずに少しづつ伝えていきたい。

 

*ひとからぐいぐいと近づかれるのが得意じゃない。どこか、自分のペースがくずされることが嫌だったり、何か心の内を守れなくなる感覚があるのかな…。周りから「水くさい」「距離を感じる」と言われたこともある。これが生きづらさかな…。

 

*なんか言われると、冗談だと思えない。

  自分のことを言われているみたいな気持ちになる。

  自分を傷つけたくなる。

  リスカとかしてしまう。

  聞き流せるようになるといいんだけどな。

 

*人はどうして生きているんだろう…。と大人になってから思うことがあったのですが、漠然と考えていて深く考えなかったでした。でも、映画の寅さんの中で、寅さんが「人間、生きてると、あ~生きててよかったなあと思う時があるだろ。そのために人は生きてるんじゃないかなあ。ま、勉強頑張れ!おじさん応援してるからな」と言って、みつお君を励ますシーンがあったので、あ~そうかあ。人生の中で、生きてて良かったなあと思う日が何度かあると思うので、本当に一日一日を大切に過ごす事って大切なんだなあと思い、何事にも前向きに生きて行くことって大事なんだなあと思ったので、頑張って生きて行きたいなあと思いました。

 

*どんな時でもどこか解放できない自分がいると思ってしまう。つい、自分の成育歴から来るの?と思ったり、父親に対しどこか言いたくないとか…でも、そのおかげで今の自分があるんだとも思えるが…。心底楽しいと思えない自分がいる。せっかくの環境を大切に、やり残した感があるのなら今からでもチャレンジしたい。

 

*心配性、不安症、保守的、変化を嫌う。脳が擦り切れるまで考え込んでしまう→うつ。他人に相談しない、人に頼らない。身の丈に合わない上昇志向。頭が悪いというコンプレックス。マイペース(仕事してた時はほめ言葉だと思ってたが、ただの嫌味だった)昔は自分の考えがなかった。あっても言わなかった。他人に興味がない(かもしれない)。こんな生きづらさを抱えていても、こんな工夫をして生きてるよ。自己肯定感、自分の物差し。他人と比べない。人に相談する、話をする。紙に書いて客観的に観て分析するクセ。アドラー心理学の嫌われてもいい、馬が合わなかっただけ…。ズルを覚える。

 

*自分の考えていること感じていることを、共有できる人は少ないんだと今更ながら気づく。もともと人は人それぞれ。たまたま気が合う人が周囲にいることに甘え、理解しあえない人が大勢いることに、めんどくさささえ感じてしまうのは、まだまだ独りよがりで未熟な自分だから…。毎日そんな自分と向き合っている。

 

*昔、友達とケンカして言われて傷ついたことを、今でも引きずっている自分がいる。家で、自分のことしか考えていないと言われることが気になる。だから、前を見て新しいことに挑戦したいと思うようにしている。生活にうるおいが出るようにしたい。なるべく家の人と、うまくいかないことはたくさんあるけど話しするようにしている。

 

*自分はたぶんデイケアの中でも最長老だと思う。デイケアでの立ち位置がわからない。どうふるまってよいのか解らない。S坂さんがいたとき、彼はただ黙ってイスに座ているだけだった。デイケアの流れに逆らわず、身をゆだねる感じかな。彼自身も周りと話すわけでもなく、椅子に座っているだけ。でも、俺はそんなのは嫌だ。年の差を超えてみんなと話したい。友達を作りたい。味気ない気持ちでデイケアにいることはしたくない。こう思うのは、まだ心が子供なのか?それとも大人として、ただ居るだけでよいのだろうか。皆には俺のことがどう映っているのか知りたい。マージャンは一つの表現です。

 

*自分の生きづらさは「他人とのコミュニケーション」が苦手で、近所の人とどのように付き合ったらよいのかわからず生きづらいです。いろんな人に聞いて、アドバイスをもらいながら生きています。

 

*人は、私を世の中をスイスイ泳いでいるやつーと思っているだろう。しかし、私の生きづらさは、どんなに慕ってくれる相手とも距離をせばめられない事だ。だから、人間関係から自分をそらし、語学というものに力が向かっていくのだ。また、そのどれもが人よりも多少上達が早かったりするものだから、まわりに気をつかうあまり、中心に立たないようにうまく立ち回り、「しっと」されないよう「浮かない」ように、神経をすり減らしてしまう。親友はいるのに、距離をせばめられないから、そのままの距離のまま、数十年付き合っている。それでも親友は逃げて行かなかった。離婚してつらい時に支えてくれた。これからもこのままで行けたら幸せだ。語学は、私にとって友達と繋がっているツールでもある。これからもこのままだ。外国語も手話も学び続けていく。その先に友達が居るのだから。私は私でしかない。大好きな私を大事にして生きていく。

 

Ⅹ氏の感想 : 失敗しても良いのなら生きづらさはないのかも…。誰にでも、生きづらさはある。ありのままで生きていくことが、生きやすいのにつながるではないか。自分は、考えなくても良いことまで考えてしまうかも…。

 

他にも「ああ、言っちゃった」とか「弱いところをさらすのは抵抗があるなあ」とか「自分だけじゃないんだ」とか「どうせなら、アドバイスも欲しかったなあ」「もっと、聴いていたかった」などの感想がありました。また、やろうねえ。

 

 

              

 

              

 

みなさんも、たまには、眺めてみませんか、自分の中の生きづらさ。

そんな生きづらさを抱えて、何とかやりくりしている自分を、

たまには、ほうッとねぎらってみてください…

 

ホントは、「抱きしめてみてください」って書きたかったが、

鬼Sとイナゴキラーが、まだくっさいごと書いて…(-"-)

ていうから我慢した…。ブヘへ…