心に目を向けることが仏教 | 幸せのこころとかたち上田祥広のブログ

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人はどうしたら幸せになれるか。なぜ苦しまなければならないのか。お金や地位や名誉をどれだけ手に入れたかを問題にするよりも、自分がどうしたら幸せになれるかを問題にして生きてみませんか。

私たちは外界の世界にとらわれる。それを一般的に没頭するとか、夢中になると言われますが
仏教では、このように何かに夢中になることから離れなさいと教えられます。

それは自分の心が見えなくなるからです。心が見えなくなると、心で醜いこと、汚いことを思っていても、全く気づかなくなります。

ちょうど暗闇のなかにいるようなもので、暗闇の中で何をしていても、分からないように、心でどんな思いを起こしていても、それに気づかないから、恥ずかしいと思うことがないのです。

お釈迦様は仏教は法鏡なりと言われました。

仏教とは自分の心を映す鏡なのです。鏡があるからこそ、それを見て自分を反省することができます。

この法鏡こそ、仏法の教えを聞くことであり、また、戒を実践することなのです。

仏教とは心を見つめてゆく教え。

心からいつも目をそらさず、自分の心からどんな思いが起きているか知ることで、自分の姿を反省し、浄らかになってゆこうとしてゆく。

それが仏教という教えであり、仏教を聞いている人の姿です。

今日、仏教を聞いている人はいても、心に目を向けることなく、心からどんなに悪を思っても、気づくことがないから、恐ろしいと思うこともない人が少なくありません。

本当に何のための仏教なのか、悲しい思いでいっぱいです。