仏法を求めるとは、聴聞と実践の繰り返し。一人でいる時は、聴聞をして、教えを学び、他人が必要としてくれる時は気持ち良く動く。
教えを聞いて、実践することで、教えの中身が本当の意味で知らされます。
人生というのはどれだけ真実を知らされるかが大事です。
それはこの世の中は何を手に入れても、どんな経験をしても、死んでゆく時には、すべて夢のように消えてゆくからです。
死んでも残るもの、それは知らされた真実と教えを実践することで身につけた徳だけです。
それが本当に分かったならば、自分の人生を仏法に浸して、少しでも真実が知らされる為に生きてゆきます。
真実が知らされた人にとって人生とはまさに仏法を求める為にあると思わずにおれないのですね。