大沢のわさびはまだ食べられない。少なくともわさび田を保全するボランティアが活動をはじめた二〇一八年以降、だれも大沢のわさびを食べていない。いや正確には葉っぱだけは食べたが、根の部分を食べたことはない。なぜか。
いま育てている大沢のわさびは花をつけないからだ。花が咲かなければ受粉しない。受粉しなければ子孫は増えない。いま目の前にあるわさびを食べてしまったら、あとに何も残らない。だからみんな一度は食べてみたいと思いながらもぐっとこらえて、花をつけるその日まで保全と育成に精を出す。
もちろん大沢のわさびにも親(ルーツ)はいるはずで、その親わさびを見つけ出せば復活の可能性がある。そしてその可能性をもったわさびはどうやら岐阜県の仲越村地域(現・山県市神崎)にあるらしい。と、わさび研究の第一人者である岐阜大学准教授の山根京子さんが突き止めた。
いつか大沢のわさびが売るほど取れれば、このまちの名産として毎日の食卓に、お土産にと期待は膨らむ。
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わたしたちは豊かな暮らしを求めて便利さを優先してきた。しかし実は便利さと引き換えにしたのは、求めていたはずの豊かな暮らしだったのかもしれない。
わさびの育つところ、ホタルの飛ぶところ、アユの泳ぐところ。そこには豊かな水がある。なんでもやるから、だからアユよ、ホタルよ、わさびよ、戻ってこい。(完)
★編集室より★
本年も「そよかぜ」をご愛読くださいまして誠にありがとうございます。編集担当として七度目の師走を迎えることになりました。年の瀬恒例のごあいさつとともに、あらためて感謝申し上げます▼今年の春先から今なお、私たちは空白の時間を過ごしているように思います。新型コロナウイルスをめぐる人間同士の反応は、ふだん覆い隠されている社会の問題点を浮き彫りにしました。社会が不安で覆いつくされてしまう前に、本当に必要不可欠なものは何か。考えなければなりません▼本紙の取材も大きく影響を受けました。その中でも快く扉を開き、話を聞かせてくださった人のことを忘れることはないでしょう▼日ごとに寒さが増してきます。今年は格別のこと、体調管理にご留意ください。年の瀬のひととき、そして、どうぞすてきな新年をお迎えください。(編集担当・H)
(『そよかぜ』2020年12月号/このまち わがまち)