沖縄には、〈ガジュマル〉と呼ばれる木が生息する。亜熱帯〜熱帯地方に分布し、大きいもので25メートルにも成長する常緑高木だ。幹や枝から垂れ下がる気根が複雑に絡み合って、特徴的かつ独自の風貌を作り出す。

 

ガジュマルとは、沖縄の方言が定着してできた愛称だが、名の由来には幾つかの諸説がある。たとえば、日本語の「絡まる」が訛って、ガジュマルになったんだとか。もともと防風林としての役割りもあったことから「風(かじ)まもる」が、ガジュマルになったんだとか……。

 

ガジュマルの木の謎は多い。その中でも、〈キジムナー〉伝説は、地元民に古くから言い伝えられている有名な話。キジムナーとは、ガジュマルの木を住処とする精霊の呼び名で、姿形は人間と同じだが、全身真っ赤な体に、真っ赤な長髪、一説によれば少年のような風貌をしているらしい。人懐っこい性格で、仲良くなると、農作物が豊作になったり、大漁に恵まれるとされている。家のガジュマルの木にキジムナーが宿ると、より多くの幸せをもたらすとも言われ、反対に、住処であるガジュマルの木を切り倒したり、嫌がらせをすると不運に見舞われ続けるという。

 

幼い頃、ガジュマルの木の下で遊んでいると、「キジムナーが出てくるはずよ〜」と、大人たちによく言われた。半分本気、半分冗談のような、その言葉に、精霊といえど得体の知れない「何か」が、現れるかもしれない恐怖心は持ち合わせていたはず。けれど、なぜだか恐れを感じたことは一度もなかった。

 

「ここのガジュマルにはね、キジムナーが住んでいるんだよ。だから、この木はずっと大切にしなさい」

 

幸福をもたらす精霊……。おばぁ(祖母)は、きっとキジムナーを見たのかもしれない。そして、ずっと続く幸福を祈ったのだろう。幼心にも、ちゃんと理解していた。

 

照りつける太陽とコンクリートジャングルに混じったセミの鳴き声を聴きながら、遠い夏の記憶がよみがえる。

 

比屋根ひかり