昼夜逆転生活でなかなか眠れない夜。天井見つめていると古い記憶が蘇った。モンゴルの草原にあるゲルでのことだ。
学生時代に2週間モンゴルに滞在した。首都ウランバートルを出て、山だか平野だかを車で数時間かけて走ったところに草原のゲルがある。ゲル泊2日目の夜はまさかの雨に見舞われた。ゲルの屋根には木や鉄の見慣れた覆いはない。木の骨組みに貼られた布だけで雨風をしのぐ仕組みだ。
天井と側面に絶え間なく打ち付ける大きな雨音と強風。ぐっすり眠っている友人を横目に、自分の繊細さに気づく。一向に止まない音に加えて、異国のなにもない草原に無防備にもポツンと自分たちがいる。その恐怖を感じながらヒツジの数を何度も数えて、やっと眠りについた。
そんなことを思い出していたら、遠くしまっていたモンゴルの記憶が次々に蘇ってきた。ヒツジもいないし、どうせ眠れないからこのまま記憶の世界を楽しむことにした。
遊牧民の家では毎回クセの強いラクダのヨーグルトが出される。ひとつの皿に盛られたドロっとした液体ヨーグルトを順に回し飲みしていく。もてなしの習慣のひとつだ。そして堅くて小さな、乾燥チーズのような乳製品の粒をひたすらつまんで食べる。最初は腹を下すのではないかと恐れていたが、大自然の中で数日過ごすと、そんな小さな恐怖心はなくなり、むしろクセになった。
昼食に羊料理のホルホグが出てきた。羊の腹をナイフで切り、手を入れて動脈を切り、血を腹に溜めていく。溜まった血と内臓は別の料理に使い、肉の部分を缶に入れ、石で蒸し焼きにしたのがホルホグだ。捨てるところはなく、血さえも外に流さない。味付けは塩のみ。かわいい仔山羊や仔羊と戯れたあとのホルホグに少し複雑な気持ちになったが、あまりに美味しくて、あの味は忘れられない。
夜道恐怖症の私が夜中にゲルから出て、草原の中を数分歩き、ひとりでトイレに行けるようにもなった。モンゴルの大地が少しばかり私を強くした。
sakin