12年ほど前になりますが、自分で立ち上げた雑誌のインタビュー取材というかたちで
下北沢のお宅へおじゃまして、ゆっくりお話をする機会をいただきました。
以来、代々木公園でのアースデイや青山学院大での講演会など、都合がつくときには顔を出しましたが、ついに、お元気なうちにアファンの森を訪れることができず、いまとなっては、たいへんな心残りとなってしまいました。
いまさらながら、ニコルさんの追い求めた暮らしのあり方や、アファンの森の活動に、わたし自身がもっと積極的に参加していきたいと、強く思っています。
ニコルさん、ありがとうございました。
おつかれさまでした。
「地球温暖化の嫌な話をいっぱい聞きます。ボクたちはそれと面と向かって戦わなければならない。ミズナラという木に、いままではいなかった昆虫がついています。その昆虫はミズナラに穴を開けてカビを持ってきて、枯らせてしまう。でも、ボクたちの森だけでも137種類の木があります。日本の自然には多様性があります。多様性があるということは、対応性があるということです。生き残る可能性があるのです。ボクたちのやるべきことは、自然の多様性を上手に利用することです。人間が荒らした森は、人間の手と愛情で元に戻すことができると、ボクは信じています」
森の回復は自然に任せておけばいい、という人は多い。原生林に人の手を入れないほうがいい、と。
「ボクはそれだけでは足りないと思ってる。森を荒らしてしまったのは人間。それなのに、放っておけばそのうち元に戻るだろうなんて、無責任にもほどがある。壊してしまったものは、放っておいても元に戻らない。当たり前のことです」
美しい森を残すだけではなく、荒れてしまった森をもう一度生き返らせるための努力を人間がしなければいけない。なにもしないのが一番いいというのは、森が再生した後のことだ。
「アファンの森では、まずはじめに人間の手の力というものがあって、その上に科学技術を利用して効率的に調査、研究をしています。今は、自然はどの程度まで人間を受け入れるのかを見定めようとしています。森に入る人間をどの程度増やしたら、クマはやってこなくなるのか、鳥が巣を作れなくなるのか、珍しい植物が踏まれてしまうのか。しかし、調査をしてみると動物は逃げていませんでした。アファンの森にやってくる人に悪い人がいないのかもしれません(笑)」
地球環境がここまできてしまった現状を、私たちが急にいい方向へ変えることは難しい。しかし、このまま悪い方向へ進んでいくことだけは防がなくてはならない。私たちにできることはあるのだろうか。
「ボクはみなさんに、いっしょに森づくりをしてくれと言いたいのではありません。しかし、森を意識してほしい。みんなの意識が変われば、日本の森は変わる。日本が変わるのです。“You can make it change.”これはボクが好きな言葉です。知り合いの科学者がこんなことを言っていました。生物の細胞レベルでは、全体が変化して新しいカタチになるきっかけは、細胞全体の1.6%の変化なのだと。だからボクたちの考えに賛同してくれる人たちを少しでも増やしていきたい」
現在、アースデイには例年12万人ほどが参加している。日本の人口の約0.1%だ。これが将来200万人規模になれば日本も変わる。「そこまでやっていきたい」。ニコルさんは大きく手を振り上げて言った。
(取材・文=平野有希/『TOIRO』2008年夏号・第2号掲載から一部抜粋)