友人との待ち合わせまで、2時間ちょっと。さて、どうしようか。選択肢はふたつ。待ち合わせ時間まで部屋で過ごすか、早めに外に出て街をぶらぶらするか。そんなことを考えている間に、私のお腹の虫がグゥ~と鳴いた。2秒で後者に決定した。
外はすっかり陽が落ち、真冬の寒空だ。マフラーを首にぐるぐる巻いて、三軒茶屋駅へと向かう。私の心臓は、目的地に着くまで、終始なんとも言えない緊張感で大忙しだった。なんせ、人生初の「一人呑み」に挑戦するのだから。晩酌(ばんしゃく)は、よくするほうだ。だけど、お店で、お酒を一人で嗜(たしな)むなんて粋(いき)なことは、周囲の目が気になって避けていた。
人生初の、「一人呑み」は、「板bar hazusi(イタバー ハズシ)」 という創作和食料理が自慢の居酒屋に決めていた。一度だけ、友人と訪れたことのあるお店だ。注文した料理が、どれも美味しくて、お酒がすすんだのを覚えている。
意を決して、お店のドアを開けると、「いらっしゃいませ! お一人様ですか? 」と、元気な声で、店員が聞いてくる。そんな大きな声で「お一人様」を強調しないでくれ、と心の中でぼやきつつ、「はい」と短く答える 。
カウンター席に腰を下ろし、ハイボールと、揚げ出し豆腐を注文した。クセで『乾杯!』と呟きながら、一杯目をグッと流し込む。ふーっと息をはくと、さっきまでの緊張感が流れていく気がして、気持ちが軽くなっていく。続けて、注文した料理を口に運ぶ。やっぱり、すごく美味しい。
満足気に箸をすすめていると、「ここの料理、美味しいでしょう? あの店長はね、むかし高級料理屋の板前だったんだよ」 と、厨房の男性(店長)を指さしながら、隣の席の老人がニコッと笑顔で、教えてくれた。老人は、このお店がお気に入りだそうで、店員ともすごく慣れた様子で話をしていた。
「このお店は、僕みたいにひとりで呑みに来る人が多いんだ。気付くとね、みんな呑み仲間になってるんだよ」と、嬉しそうに話してくれた。ふと、周りを見渡すと、店内は常連さんで賑わっている。新参者の私も、受け入れられたきがして、自然と笑顔が溢れた。
結局、老人の名前や年齢は、何ひとつわからないまま、お店をあとにしたが、あの場では互いを詮索するような会話は、まったく必要ない。この距離感が、なんとも愛おしい。
「一人呑み」。なんだか、くせになりそうだ。
比屋根ひかり