今年のハロウィンは夫の上司のお家にお呼ばれ。

何やら家の裏の林で肝試しコース(scary Forrestと名付けてた)を作ったとかなんとかでI

この肝試しコースはTrick or treatで回ってきた人ため用。コースを回って最後にtreatを貰う流れ。

凝ってて面白いよねI

しかも、林に仮装した数人が待機、コースに入ってきた人をビビらせる寸法。

スケルトンやジョーカー、悪魔、テキサスチェーンソー、パンプキンヘッドが待機。

私も息子のTrick or treatの付き添いのあとそのおどかし役に参戦。

私は名目上はテキサスチェーンソーの犠牲者だったから、胸部が開いた衣装を着用。
そしてお面も。


こういう系のお面。お面だけの写真を撮ってないのでネットから拝借

フードで顔を隠して横たわり、人が来たら叫びながら起き上がる手筈。

見事成功~!
私の脅かしとともに、チェーンソーを起動させてくれて、訪問者大ビビりでしたI

私自身、お化け屋敷の入るとか肝試しとか好きではないけど、お化け役(脅かす役)をするのは好きかも(笑)

肝試しメンバーと記念撮影。


画像悪いけどI

パンプキンヘッドの前にいるのが私です。
ちなみにパンプキンヘッドは夫I


さて、息子。

彼の流行りが車なので車に仮装させるかと中古で衣装をゲット。



なんかいまいちでね~。でも買っちゃったし、これでいくしかないかと妥協。

そしたら夫がハロウィン前日に、「ミイラなんてどう?!」と包帯多量購入。

で、それに決定。



ミイラっていうか、怪我人みたいだけどね(笑)
白目むいた怖い顔でパシャリI

上司のお子さん、ご近所の子供たちと一緒にTrick or treatしてきました。

最初はただ無言でお菓子を貰ってたけど、後半はちゃんと「Trick or treat!!」って言えてたし、お菓子もらって「thank you」も言えてましたI

息子も子供たちと一緒に回れて楽しかったみたいI

なかなか充実したハロウィンでしたI
10月31日はハロウィンですね~ハロウィン

我が家は夫の上司のお家でイベントをやるからおいでと招待を受けてるので、そちらにお邪魔する予定です。
庭で子供向けの肝試し的なことをするみたいです。


でも今回はハロウィンのことではなく、うちのおばあちゃんの話。

31日のハロウィンはおばあちゃんの命日なんですね...。

101歳で大往生したおばあちゃん。

昔から「100まで生きなきゃね~」って言ってて、見事達成した彼女。

まあ100までって言ってた裏には、20年ほど前までは敬老の日にお祝いのお饅頭と現金を貰えてて、100歳ではその金額が1万でさ...その金額表をみて、おばあちゃん含む家族みんなで「100歳目標だね!!!」とか言ってたってわけ。

なんというがめつい家族(笑) まあもちろん冗談ではあるけどさ...ニヤリでもちょっと本気(笑)

まあいつからか敬老の日の現金プレゼントはなくなってたけどね真顔


おばあちゃんは共働きの両親に代わって、私たちきょうだいの面倒をみてくれました。

パワフルな人でね、現役のときは1日に2回も買い物に出掛け、家に向かう坂道をデカイキャベツが入ったレジ袋持って登ってくるんですわ。しかもキャベツ二玉、そして予想以上の速さで(笑)

そんなおばあちゃん、97歳の時に腰椎圧迫骨折して。その日も買い物に出掛け、キャベツを買って帰ってきたんだけど、年齢だったのかね、それでどーやら圧迫骨折しちゃったみたいで。

腰が痛くて、それからしばらく寝たきり。

数ヵ月でまた動けるようになったけど、もう買い物はいかなくなっちゃいました。

晩年はずっと家の中で、テレビを見ては寝落ちの日々(笑)

でも、認知症にもならず(年相応の物忘れはあったけど)、足腰も比較的しっかりしてて、自分でトイレにいけてたし。

そんな元気なおばあちゃん、やっぱいつ何が起きてもわからない年齢。

ひ孫である息子をお披露目したくても、息子の病気やら手術やらでなかなか日本に帰れなくて。

そして息子が1歳半のとき、日本に一時帰国。移植手術から1年経過して、ドクターも"行っても大丈夫だろう"と許可もらいました

息子が自分のひ孫であるってことをしょっちゅう忘れたけど(笑)、すっかりメロメロで息子の名前を呼びまくる(笑)

息子は初めてみる高齢の人間が怖いのかシワシワだしね(笑)、なかなか近づかないし泣くしで。

でも日が経つに連れ慣れてきたのか、徐々に距離を縮める息子。

アメリカに戻る前日には仲良しになってました。


そしてその年に...ひ孫に会ったその年に亡くなりました。

息子とおばあちゃんが写ってる写真を見るたびに、"ホント間に合ってよかったな...会わせてあげられて良かった"と思います。







息子はひいばあに会ったことはたぶん覚えてないと思うけど、写真を見せてこれは誰?と聞くと「おばば!」と答えます。

それにしても1世紀差...凄いびっくり

おばあちゃん長生きしてくれてありがとう。
最初の病院から子供専門病院へ救急車で移動。

移動中、私は救急車の助手席に座るよう言われてたので後ろに乗ってる息子の様子はわかりませんでした。
救急車は結構エンジン音がうるさくて、慎重に走ってるんだろうけどなんかガタガタ振動があって、息子、大丈夫かなーって思いつつ病院に到着。


息子はすぐ運ばれていってしまって、私は別口で病室へ案内。
救急車から降りたとき、息子に付き添ってた看護師さんが「息子さん移動中大丈夫だったわよ」って声をかけてくれてちょっと安心。


病室へ行くと、相変わらずいろいろな管に繋がれ、人工呼吸器をつけられ横たわってる息子。

それをただ見つめることしかできない自分。

そしておっぱいが張ってるのに母乳をあげることができず、別室で搾乳を開始...。やっと母乳がでるようになったのに、あげられないなんて。

翌日(生後4日目)。

夫は一報を受けてかけつけたママを空港まで迎えに行ったため、しばらくひとりで息子の病室にいました。

その間ドクターがきて、説明をしてくれるも、全然わからずで。

...心細かったなあ。異国の地で異国の言葉でなんでこんなことが起きたのか...状況もわからず不安で心配で。

そんな中、夫の当時の上司がお見舞いに来てくれて。この方は息子が生まれた時も病院までお祝いに来てくれた人でした。

ハグしてくれて励ましてくれました。

この方はとても協力的で、落ち着くまで夫に休みをくれたそうです。
もちろん夫が休みをもらえたのは同僚の協力もあったとおもいます。


夫が戻ってきて、ドクターに改めて説明をしてもらったらしいのでどういう状況なのかって聞いたんだけど、ちゃんと説明してくれなくて。

ただ息子の血中アンモニア濃度が異常高値でさらに設備が充実している病院での治療が必要だと。

この時点で先天性の病気が原因ではないかと考えられていたそうです。
私はこの時点ではその事は全く知りませんでした。でも夫はドクターから説明を受けてたから知ってたと思います




脳波測定したり、まだ乾いてないお臍から点滴のルートをいれたり...。

そして転院の時。

やはり緊急を要するので、医療ヘリコプターでの搬送になりました。

ヘリコプターは家族が付き添えるスペースがないので、私たちは車で向かうようにと。

車ではなんと2時間の距離です。


ヘリコプターへ運ばれる準備をしてる数十分の間に抱っこを許可されて、1日ぶりの抱っこ。久しぶりの息子の温もり。

抱っこできなかったのはたった1日だけど、その1日はとても長く感じたよ。



ずっと泣き続け、抱っこできてさらに泣きでひどい顔でしたわショボーン


息子がヘリコプターで搬送されるのを見送り、私たちも次の病院へ向かいました。