息子はシトルリン血症という先天性代謝異常を抱えて生まれてきました。
この前2人目を考えるにあたってのカウセリングを受けたとき、この病気は羊水検査で診断できることを知りました。
息子出産時は29歳だったので羊水検査の義務はなくあくまでオプション、エコーでも特に問題はなかったので(私達夫婦が先天性の病気の保因者っていうのも私達も誰も知らなかったし)、私も先生も"しなくて大丈夫でしょう"ってことで受けなかったんです。
まさか先天性の病気を抱えてるなんて知るはずもなく、順調に臨月へ。
出産予定日の2週間前に破水し、入院→出産。
そして出産2日後に退院I
アメリカでは出産時に特に問題なければ翌日~数日以内に退院が基本みたい。
さあ、育児の始まりだー!と不安と期待半分半分で帰宅。
でも母乳がまだそんな出てなくて、悪戦苦闘。それでも頑張って母乳あげてたんだけど、やっぱ足りてないのかそもそもでてないのかで、息子は愚図り続けて...
脱水になっても困るし、お腹すかして泣いてるのを見てるのは辛いし...。病院に相談の電話をしたけど、答えは「頑張っておっぱい吸わせ続けてください」
だから粘ったけどやっぱどーしても出てきてないみたいで、もう一度相談。それじゃあ粉ミルクをあげてみようってなって(粉ミルクは病院から試供品でもらってた)、トライ。
そしたら、ゴックゴク飲むんだわ。
そして満足したらしく眠りについて。
そのあとは数時間おきにおっぱいを吸わせて飲ませてるというより、実際くわえさせてるだけだったけどヘトヘトになりながら朝を迎えました。
そして生後3日目の朝。
おむつ替えて、体温測って...ん?体温35℃...
赤ちゃんって平熱がちょっと高くて37℃くらいなのにおかしいなーと思ったんだけど、うまく測れてなかったのかな?ともう一度測定...やっぱり35℃台。
んー...またあとで測ってみるか~と保留に。
息子の動きも特に変わった感じはなかったし、おしっこもしてるし、ただ体温が低いのがちょっと引っ掛かったくらいでその日を経過してました。
そしてお昼頃、そろそろ母乳をあげる時間だったけど息子は起きる気配がなく、おむつも濡れてない。
"母乳あまり飲めてないからかもなー" "赤ちゃんはたくさん寝るしなー"とどーしたもんかなとは思ったけど、おっぱいも張らないしもう少し寝かせてあげようと様子をみることにしました。
でもそれからも起きる様子はなく、いい加減おっぱいあげないと思って起こしにかかるけど、起きず。
ママ(義母)に電話して起きないことを伝えると、「冷たいタオルをオデコとか足裏に当てると起きるんじゃないかな。それか外に連れ出すとか」とアドバイスをもらい実践するも起きず。
それでまた病院に電話して事の経過を伝えす、体温も35℃台ってことも伝えたけど、ただ"頑張って起こしておっぱいあげて"くらいにしか言われなくて。病院来てくださいとかも言われなかったな...
それでまた様子見。
夜になっても起きず。体温も相変わらず35℃台。
そしてフト気づいたこと。
息子が赤ちゃん特有の寝かたをしてない。
WM型っていうだっけかな。両手はWのポジション、足はM字開脚がだいたいの赤ちゃんの寝相なんだけど、息子は気を付けしたような感じで。
手を持ち上げて離しても、ダランと落ちるだけで、なんの反応もなく。
こりゃもう病院に連れていこう。これでもし何ともなければそれでいいじゃん!って夫と急いで病院へ。
病院までは15分~20分くらいだったかな。なんか呼吸も弱い感じというか、イビキ状の呼吸でなんかイヤな予感がして病院到着までずっと耳をすまして呼吸を確認してた。
救急外来に到着、受付をすませほどなくして問診部屋へ。
ドクターにそれまでの経緯を伝え、じゃあもう少し詳しく調べてみましょうと診察室へ移動。
息子をベッドへ横たわらせ、心電図やら酸素濃度やらを測るモニターを装着してるところをみてひとまずホッと一息しつつ、息子のモニターを眺めてたら、98%はあった酸素濃度を示す数字がどんどん下がり始めて。80...70...と。
接触が悪いとうまく感知ができないことがあるし、息子は生後3日目の身体で指が小さいからちゃんと装着できてないか、外れかかってるのかなーと息子に目を向けたら...
息子の全身が紫になってて。
息子、呼吸停止しました。
この瞬間は今思い出してもツラくて、胸が苦しくなります。
書いてる今もツラいです。
途端に病院のスタッフの動きが慌ただしく、狭い診察があっという間に人でいっぱいに。
何が起きたのかわからず、夫に聞くも夫も放心状態で固まってて。
私はずっと「何が起きたの?!」を連呼。
こんなに取り乱したのは初めてでした。
すぐに心肺蘇生を受けられたおかげか、息を吹き返したけど、かなり弱く不安定らしく、挿管をすることに。
その間も、採血やら点滴やらの処置が続いて。
その光景を冷静に見つめてる自分。
でもそれができたのは、一人の看護師さんが私の肩を抱いて、ひとつひとつ処置の説明をしてくれたおかげかもしれません。
ずっと寄り添ってくれて心強かった。
でも唯一その場から離れた処置は、脚の骨にドリルで穴をあけて、そこに点滴ルートを通すという処置。
点滴を通す血管が限られて、かつ確実に点滴を通したかったためだと思う。
生まれて間もない小さな脚に大きな音でドリルが入っていくっていうのは見てられないです。
"穴をあけることで成長の妨げになったり、歩けなくなったりすることはないからね"
と説明も事前に受けました。
4歳になった今は、穴をあけた痕は全然わかりません...というか消えてる。2歳くらいまではなんとなーく形跡は確認できたんだけど。説明通り成長も問題なく、元気に走り、ジャンプしてます。
話は戻りまして。
この時点で昏睡になった原因はわからず、「何かの感染による敗血症じゃないか」と。
たまたまその場に日本人の看護師さんがいて、ざっと説明をしてもらって何となく状況を把握した感じです。英語なんて日常会話がせいいっぱいで、医療用語とか難しい内容の説明はチンプンカンプンだったし。夫もどう簡単な英語にしていいかわからなかったみたいで頼りになりませんでした(苦)
ただそこの病院では治療の限界があって、そこの病院から30分ほどの距離にある子供専門病院に移送されることになりました。
移送先の病院から付き添い看護師とともに救急車が到着。
病院を離れるとき、日本人の看護師さんに「こういう状況で転院してった子をみてるけど、皆元気になってるから大丈夫だからね!」と声をかけられ、
あるドクターには、「あと少し病院に来るのが遅れてたら間に合わなかったかも。ご両親、良くやりました...!」と握手をされ病院をあとに...。
私は息子と一緒に救急車で、夫は救急車のあとを追って車で移送先へ向かいました。
この前2人目を考えるにあたってのカウセリングを受けたとき、この病気は羊水検査で診断できることを知りました。
息子出産時は29歳だったので羊水検査の義務はなくあくまでオプション、エコーでも特に問題はなかったので(私達夫婦が先天性の病気の保因者っていうのも私達も誰も知らなかったし)、私も先生も"しなくて大丈夫でしょう"ってことで受けなかったんです。
まさか先天性の病気を抱えてるなんて知るはずもなく、順調に臨月へ。
出産予定日の2週間前に破水し、入院→出産。
そして出産2日後に退院I
アメリカでは出産時に特に問題なければ翌日~数日以内に退院が基本みたい。
さあ、育児の始まりだー!と不安と期待半分半分で帰宅。
でも母乳がまだそんな出てなくて、悪戦苦闘。それでも頑張って母乳あげてたんだけど、やっぱ足りてないのかそもそもでてないのかで、息子は愚図り続けて...
脱水になっても困るし、お腹すかして泣いてるのを見てるのは辛いし...。病院に相談の電話をしたけど、答えは「頑張っておっぱい吸わせ続けてください」
だから粘ったけどやっぱどーしても出てきてないみたいで、もう一度相談。それじゃあ粉ミルクをあげてみようってなって(粉ミルクは病院から試供品でもらってた)、トライ。
そしたら、ゴックゴク飲むんだわ。
そして満足したらしく眠りについて。
そのあとは数時間おきにおっぱいを吸わせて飲ませてるというより、実際くわえさせてるだけだったけどヘトヘトになりながら朝を迎えました。
そして生後3日目の朝。
おむつ替えて、体温測って...ん?体温35℃...
赤ちゃんって平熱がちょっと高くて37℃くらいなのにおかしいなーと思ったんだけど、うまく測れてなかったのかな?ともう一度測定...やっぱり35℃台。
んー...またあとで測ってみるか~と保留に。
息子の動きも特に変わった感じはなかったし、おしっこもしてるし、ただ体温が低いのがちょっと引っ掛かったくらいでその日を経過してました。
そしてお昼頃、そろそろ母乳をあげる時間だったけど息子は起きる気配がなく、おむつも濡れてない。
"母乳あまり飲めてないからかもなー" "赤ちゃんはたくさん寝るしなー"とどーしたもんかなとは思ったけど、おっぱいも張らないしもう少し寝かせてあげようと様子をみることにしました。
でもそれからも起きる様子はなく、いい加減おっぱいあげないと思って起こしにかかるけど、起きず。
ママ(義母)に電話して起きないことを伝えると、「冷たいタオルをオデコとか足裏に当てると起きるんじゃないかな。それか外に連れ出すとか」とアドバイスをもらい実践するも起きず。
それでまた病院に電話して事の経過を伝えす、体温も35℃台ってことも伝えたけど、ただ"頑張って起こしておっぱいあげて"くらいにしか言われなくて。病院来てくださいとかも言われなかったな...
それでまた様子見。
夜になっても起きず。体温も相変わらず35℃台。
そしてフト気づいたこと。
息子が赤ちゃん特有の寝かたをしてない。
WM型っていうだっけかな。両手はWのポジション、足はM字開脚がだいたいの赤ちゃんの寝相なんだけど、息子は気を付けしたような感じで。
手を持ち上げて離しても、ダランと落ちるだけで、なんの反応もなく。
こりゃもう病院に連れていこう。これでもし何ともなければそれでいいじゃん!って夫と急いで病院へ。
病院までは15分~20分くらいだったかな。なんか呼吸も弱い感じというか、イビキ状の呼吸でなんかイヤな予感がして病院到着までずっと耳をすまして呼吸を確認してた。
救急外来に到着、受付をすませほどなくして問診部屋へ。
ドクターにそれまでの経緯を伝え、じゃあもう少し詳しく調べてみましょうと診察室へ移動。
息子をベッドへ横たわらせ、心電図やら酸素濃度やらを測るモニターを装着してるところをみてひとまずホッと一息しつつ、息子のモニターを眺めてたら、98%はあった酸素濃度を示す数字がどんどん下がり始めて。80...70...と。
接触が悪いとうまく感知ができないことがあるし、息子は生後3日目の身体で指が小さいからちゃんと装着できてないか、外れかかってるのかなーと息子に目を向けたら...
息子の全身が紫になってて。
息子、呼吸停止しました。
この瞬間は今思い出してもツラくて、胸が苦しくなります。
書いてる今もツラいです。
途端に病院のスタッフの動きが慌ただしく、狭い診察があっという間に人でいっぱいに。
何が起きたのかわからず、夫に聞くも夫も放心状態で固まってて。
私はずっと「何が起きたの?!」を連呼。
こんなに取り乱したのは初めてでした。
すぐに心肺蘇生を受けられたおかげか、息を吹き返したけど、かなり弱く不安定らしく、挿管をすることに。
その間も、採血やら点滴やらの処置が続いて。
その光景を冷静に見つめてる自分。
でもそれができたのは、一人の看護師さんが私の肩を抱いて、ひとつひとつ処置の説明をしてくれたおかげかもしれません。
ずっと寄り添ってくれて心強かった。
でも唯一その場から離れた処置は、脚の骨にドリルで穴をあけて、そこに点滴ルートを通すという処置。
点滴を通す血管が限られて、かつ確実に点滴を通したかったためだと思う。
生まれて間もない小さな脚に大きな音でドリルが入っていくっていうのは見てられないです。
"穴をあけることで成長の妨げになったり、歩けなくなったりすることはないからね"
と説明も事前に受けました。
4歳になった今は、穴をあけた痕は全然わかりません...というか消えてる。2歳くらいまではなんとなーく形跡は確認できたんだけど。説明通り成長も問題なく、元気に走り、ジャンプしてます。
話は戻りまして。
この時点で昏睡になった原因はわからず、「何かの感染による敗血症じゃないか」と。
たまたまその場に日本人の看護師さんがいて、ざっと説明をしてもらって何となく状況を把握した感じです。英語なんて日常会話がせいいっぱいで、医療用語とか難しい内容の説明はチンプンカンプンだったし。夫もどう簡単な英語にしていいかわからなかったみたいで頼りになりませんでした(苦)
ただそこの病院では治療の限界があって、そこの病院から30分ほどの距離にある子供専門病院に移送されることになりました。
移送先の病院から付き添い看護師とともに救急車が到着。
病院を離れるとき、日本人の看護師さんに「こういう状況で転院してった子をみてるけど、皆元気になってるから大丈夫だからね!」と声をかけられ、
あるドクターには、「あと少し病院に来るのが遅れてたら間に合わなかったかも。ご両親、良くやりました...!」と握手をされ病院をあとに...。
私は息子と一緒に救急車で、夫は救急車のあとを追って車で移送先へ向かいました。
