たんぱく質が体内で分解されたときに発生するアンモニアを分解できないため体内にアンモニアが蓄積されてしまう先天的な病気を抱えている息子。

それならたんぱく質を摂らなければいいじゃん...というわけにはいかないんですねショボーン

たんぱく質は生きていくには必要不可欠。

でもたんぱく質を摂ると分解の過程でアンモニアが発生。そのアンモニアを分解できない息子の身体(肝臓)。

そこで重要になったのは、たんぱく質の摂取量と薬。

薬でコントロールできる範囲のたんぱく質を摂取していくと。
そのためにはたんぱく質制限が必要で量も決まられた量でなければいけないため、母乳は禁止、特別に配合された粉ミルクのみをあげるようにと言われました。

母乳育児をするつもりでいた私はそれがショックで。
「一滴でもダメですか?息子は母乳をちゃんと飲んだことがないから...せめて一滴だけでも...」と聞いても、ドクターは首を横に振るだけで。
冷静に質問するつもりでいたんだけど、話してるうちに涙がでてきて止まりませんでした。

ドクターいわく、
"母乳は一回量にどのくらいのタンパク質が含まれているのかわからないから..."と。
母乳をあげることはかなりのリスクがあるとのことでした。

そんな母乳は2週間ほどで出なくなりました。


それで少し踏ん切りもついたのかな。
"母乳育児をしたい"っていう想いは落ちつきました。


息子は1週間口から飲んでなかったというものあるのか吸啜反射が弱く、まずはおしゃぶりで吸う練習を開始。同時に経口摂取も始まりました。

決められた量を決められた時間に飲まなければならず、飲みきれなかった場合は胃管を通して摂取させると。


でも決められた量を口から全部飲めるわけはなく、胃管を通してあげることの方が多くて。それなら最初から胃管でって思ったけど、そうすると口から飲むということを覚えないし、忘れちゃうからとにかく最初は口からあげてと。
そしてミルクをあげてないときはおしゃぶりさせて吸う練習をと...

なんとまあスパルタ(笑)


それでもおしゃぶりを弱いながらもチュウチュウ吸う姿、ミルクを飲む姿、いろんな表情をみることができるようになって嬉しかった。
先は不安だらけだったけど、その時はそんな不安は忘れられてたような気がする。


息子の状態は安定してきてだんだん退院が近づいていきました。


そして今後について...移植に関しての説明がされました。
ただ確かに反応は出てきたけど、目はまだ開けてくれなくて。

そんな中、久しぶりに抱っこできることに。抱っこと言ってもまだ人工呼吸器も繋がってるし、いっぱいルートもあるしで持ち上げる程度だったけど。

でも、ナース指導のもと息子を持ち上げようとしたその瞬間に...

目を開けました!!

お母さんだってわかったのかな...偶然だとしても本当に嬉しい瞬間でした。

点滴やらの影響で目蓋浮腫んで開けにくそうだったけどねキョロキョロ

そして3日間続いた昏睡から回復し始めたのと同じ頃、海外派遣からパパが一時帰国、日本からは私の母と姉がアメリカに到着しました。

初孫をこんな形で会わせることになるとは思いもしなかったよね。

でもちょうど回復し始めてたときで、足をくすぐれば動かすし、たまにあくびしたりと反応が出てきてたときだったから一番最悪の時の面会よりは良かったのかな。

母は息子の状態がものすごく悪い状態だと思ってたらしく息子が回復し始めた頃は彼女らは飛行機の中だったから情報がそれ以前までのものだったしね、想像してたよりは状況が悪くなさそうで少しホッとしたそう。


目を開けた翌日には人工呼吸器も外れました。



ひさしぶりの抱っこ。

ヘリコプターで搬送される前に抱っこしてから5日ほどしか経ってなかったけど、もうずっと何年も抱っこできてなかったくらいの"久しぶり"感でした。

そしてお見舞いにきた家族もそれぞれ息子を初抱っこ。

病室もNICU内ではあったけど、重症度が低い病室へ移動しました。
私はすぐにでも3つ目の病院(大学病院)に向かいたかったのですが、泊まりの準備、家を留守にするため猫の世話を夫の友達にお願いしたりでなんだかんだ時間がかかって。病院間近で渋滞にも巻き込まれたし...。

息子は私たちが到着する間に、次の治療...血中のアンモニアを下げるために輸血しながらの透析が開始されてました。

息子と面会が出来たのは前の病院で見送ってから8時間後でした。

1人のみ付き添いができるらしく、その日は息子と同じ部屋で過ごしました。



見守ることしかできないし、この先が心配で不安で。

夫の父(以下パパ)はこの時期はちょうど海外派遣中で、この写真をみて何が起きたのかとスゴくショックを受けたそうで。息子(孫)の急変の一報を先に受けてたのか、写真をみて驚いて連絡を取ったのか順序はわからないけど、とにかくパパは急いで帰国の一時許可をもらって飛行機に飛び乗ったそうです。

夫の妹とおばあちゃんもかけつけ。
そして、日本からも私の母と姉が向かってると父から連絡を受けました。

息子は状態は小康状態。透析のおかげで血中のアンモニア濃度は下がったけど、昏睡状態は継続。

体内のアンモニアはタンパク質を分解する過程で生産されるので、どのくらいの量のタンパク質を受け入れられ、薬でコントロールできるのかというプロテインテストが透析解除後に開始。

ドクターからの病状説明で、新生児スクリーニングテストの結果を合わせ、「先天性の代謝異常です」と確定診断を伝えられましら。(スクリーニングテストで陽性だったと)

そして、この時点で回復の可能性は50%であると。ただ回復しても、後遺症なく回復するか、後遺症が残って回復するか、植物状態になるか...と。
さらに、もしプロテインテストが不良な結果が出た場合や植物状態になった場合、治療を止めるかどうか(延命処置の継続の有無)を決めてもらうことになると思います...と。

タンパク質なしでは生きられない上に、薬でコントロールできない場合生きていくのは難しいと。


翌日からまたタンパク質投与量を増やすので、その結果次第になりました。

この説明は私達夫婦をさらに落ち込ませました。自分達が息子の死を決めなければいけないかもしれないこと。

どうか検査が大丈夫でありますように...

息子を失いたくない。

夫も私も最悪の決定について話し合うことはできませんでした。話し合ったらそれが現実になりそうで怖かったんだと思います。


翌日。


幸いなことに結果は大丈夫だったようで。タンパク質投与直後はアンモニア濃度は上がったけど、徐々に標準値範囲近くまで下がったとのこと。


そして嬉しいことに、担当ナースから「昨日までは瞳孔反応がなかったけど、さっき反応があったのよ。脳が起き始めたみたいね!!」と。

また、顔をしかめたり、アクビもするようにもなって。

それまでは心配で不安でなかなか寝れなかったけど、反応がでるようになって今度は嬉しくて眠れなかった。