入院中は病院側で準備、施行してくれていたけど、退院したので自分達がやる番。


息子はたんぱく質制限が必要なため、1日のたんぱく質摂取許容量と成長に必要な分を考慮・計算されたレシピに従って、毎日3種類の粉ミルクをミックス。

粉ミルクの種類は
①Pro-Free(たんぱく質が含まれてない)
②Cyclinex-1 (尿素回路異常症のための粉ミルク)
③Similac(市販の粉ミルク)


この3つをそれぞれ決められた量を計測&ミックスして1日分を作り、1回量分(最初は63mLからスタートでした)毎に哺乳瓶に振り分け冷蔵庫保存。

3時間毎にあげるスケジュールでした。


薬は2種類を8時間毎。2つとも薬局で水薬にしてくれてたのでミルクに混ぜてあげてました。
種類は
①L-Arginine(L-アルギニン)
②Sodium Phenylbutyrate(フェニル酪酸ナトリウム)

ちなみに薬は毎月宅配してくれてたので、わざわざ2時間かけて病院の薬局に行かなくて済みました。


粉ミルクを飲ませるとき、最初は哺乳瓶で口から。飲みきれなかった分は胃管を通して。

これを3時間毎...。何がなんでも3時間毎。息子が寝てようが起こしてミルクあげ。

まあ起こしても夢見心地の場合は、口からあげるのは早々に切り上げて胃管使ってたけどね。
少しでも長く寝かしてあげたいもんね...


ただ毎回ちょくちょく吐き戻しがあって。
赤ちゃんの胃の形上吐き戻しはつきものなんだろうけど、私は"3時間毎のミルク摂取"が吐き戻しを助長してるんじゃないかって思ってて。

何度も言いますが、何がなんでも3時間毎だったので、お腹が空いてなくてもミルクを摂取しなきゃいけないわけで。
だからまだお腹がいっぱいなとこにまたミルクが入ってきて吐いちゃうのかなって。
ミルクがどのくらいで消化するのかわからないですけど

だから退院後初のフォローアップで先生にボソッと言ったんですよ。
お腹いっぱいだから吐いちゃってるんじゃないかって。

そしたら先生とても厳しい顔つきで
「絶対3時間毎にあげて。じゃないと、身体が筋肉からたんぱく質を溶かして摂取しようとするから。そうするとまた病状が悪くなる危険性があるからね」

とビシッと言われてしまいました...。

吐こうがとにかくあげ続けろってことね滝汗


普段優しめな先生だけど、このときは怖かったな...


このときの脅し(?)で、改めて気を引き締め3時間毎のミルクあげを頑張ってたんですが、ある日、寝過ごしちゃって予定の時間より1時間くらい遅れちゃったときがあって。

飛び起きて急いでミルクあげて...。この寝過ごしが病状を悪化させる原因になったらと心配で心配で。ミルクをあげ終えて息子を寝かしつけたあと、寝ている夫をたたき起こし

「どうしよう...寝過ごしちゃって時間通りにあげれなかった。起きれなかった私のせいで病状が悪化したらどうしようえーん

とかなりパニックになったのを覚えてます。
夫は寝ぼけ眼で「大丈夫...大丈夫...落ち着いて...」と。

きっと疲れと、ミルクを時間通りにあげないといけないというのがかなりプレッシャーになって自分を追い詰めてた部分があったのかも。


まあそんなこんなで、ひたすら3時間毎のミルクあげの毎日でした。

ただ相変わらず吐き戻しは続いてて、日を追うごとに吐く量も多くなっていって。

全部口から飲みきった!!!と思ったら、ぶわ~!!!と吐くゲロー
だから、ちゃんと規定量を摂取できてないかもと思い始め、ある日なかなか起きない息子をみて、"もしかしてまたアンモニアが上がってる...?やっぱちゃんと規定量摂れてないのか?"と救急外来に連れていきました。

でもアンモニアは標準値。脱水気味だったのでその日は点滴を受けた帰宅しました。


かといって吐き戻しが改善するでもなく...吐き戻しというかもう嘔吐だね。
すごい勢いで吐くから、バスタオルは必須。


そして2回目のフォローアップ(最初のフォローアップから2週間後)の時に吐き戻しのことを言うと、やはり先生も規定量を摂れてないかも&吐き戻しが続けば規定量をとれないということを心配し、吐き戻しの原因を突き止めるために検査をすることに。


そして腹部エコーで原因が判明。

診断は「幽門肥厚狭窄症」でした...。
状態が安定したので、約二週間半ほどで退院できることになったのだけども、完治しての退院ではないため、家に連れて帰るのはかなり不安でした。


まだ決められた一回量を口から飲みきれない&薬服用もあるので胃管は留置したまま。

なので自宅で自分達が胃管管理をしなくてはいけないため、退院前に説明を受けました。
アメリカに引っ越すまで看護師をしていたにで、胃管の先端がちゃんと胃に留置されてるかという確認はよくやってたのでよかったんですが、胃管の交換・もし息子が引っこ抜いてしまった場合、自分達が胃管を再挿入しなければならず、それは全くのお初だったのでかなりビビりました。
ドクターが胃管留置するときに介助するため立ち会ったことは何度もありますが...。

嫌がる(泣き叫ぶ)息子に実演はツラかった...。
胃管の交換は仕方ないけど、それ以外に胃管を再挿入せずに済むようにしなくては...と思いましたよチーン


交換用の胃管キット1箱、特別な粉ミルク缶(3種類)をとりあえず各3個ほど+入院中の荷物でかなり大荷物で病院をあとにしました。


いろいろ不安でいっぱいだったけど、ほんの数週間前までは息子を失うかもという状況だったということを考えると、退院できたのは素晴らしいことだなーと。


そして帰宅。

肝臓移植にむけての道のりのスタートです。
退院が近づき、退院をする前に肝臓移植についての説明が行われました。


息子の病気を根治する唯一の方法は肝臓移植でした。

もし移植をしなかったら、かなり厳しいたんぱく質制限療法となる上、たんぱく質摂取量を間違えたりするとまた危険な状態になるということがずっと付いてまわるとのこと。

私は移植することに抵抗があったんですが、息子のQOL(Quality Of Life 生活の質)を考えたら、やはり移植しかないんだろうなと。


そして移植すること前提で話が進められていきました。

・移植は全肝移植...つまり肝臓まるまる移植するということで、脳死患者がドナーとなること。そして息子の身体と移植する肝臓のサイズからドナーは子供でなければいけないこと。

・生体肝移植(部分移植)は、息子には移植される肝臓が大きすぎてマッチしないからできないということ。
私含め家族みんな「自分の肝臓を提供したい」と言ったら上記の答えでした。

・移植待ちリストに載るには、まず移植手術の費用が工面できるとわかってからになること。
また体重が5kg以上になるまで移植手術はできないということ。

・リストに載ったら、ドナーが見つかったといつ連絡がくるかわからないから、常に連絡がとれるようにしておくということ。

・移植の連絡が入ったら4時間以内に病院に行かなくてはいけないこと。なので、遠出の旅行も移植待ちの間は控えておくこと。

その他に、
・免疫抑制剤は移植後は一生服用。
乳児の時に移植を受けた場合、まれに免疫抑制剤を飲まなくてもいい状態になることもあるけど、本当にまれ
・移植後の肝臓は本人の身体の成長とともに肝臓も成長していくということ
・移植後の3ヶ月は特に拒絶反応のリスクが高いこと。
・移植後、肝動脈が詰まることがあるリスクがあること。

等々を日本語通訳者同席のもと説明を受けました。


移植できるまで数年は待つだろうな...手術費用はどう工面しよう...いや、何がなんでも工面しなきゃ。

話を聞き終わったときそう思いました。


退院が近づいてもまだまだ不安心配は尽きません...。