州の保険のおかげで手術費用のあてができ、体重も手術できる重さになったので
移植待機リストに載ることができました。
病状をスコア化してその点数が高い順から優先順位が決められるにですが、息子の移植リストに載った時点での順位は20番目あたり。←うる覚えです...
"どのくらい待つのだろうか"が最初の感想。
いくら臓器移植が多いアメリカでもきっと数年かかるんだろうな...いやもっとかな...。ましてや息子はドナーが乳児~幼児ではないといけないと言われてて。
リストに載ったこの頃はちょうど離乳食を始める頃の月齢で、一日0.5gのたんぱく質を離乳食から摂っていいと許可がでたけど、このたんぱく質制限食の生活はいつまで続くのかなーと心配でした。たんぱく質摂取計算を間違えたら命に関わるわけで...。
だから正直、"早く移植ができればいいな"と思ってました。
でもその反面、
"移植を待つ=誰かの死を待つ"ことへの罪悪感もあって...。
息子は全肝移植予定だったので、誰かの死をもって移植が実現というわけです。
決して誰かに死んでほしいわけではない。
でも、誰かの死がないと移植はできない...。
前にも書いたと思うんですが、一番最初に移植の話をされたとき、脳死移植ではなく、生体間移植(私、家族全員肝臓を半分あげてもいいと言いました)はできないのかと聞いたことはあります。でも却下された経緯があります。
でももし、何年経ってもドナーが見つからなかったら、自分の肝臓をあげる覚悟はしてました(また却下されるのかもしれないけど)
そんな複雑な思いを抱えながらも、息子の日々の成長はとても楽しみました。
寝返りがやっとこさ出来るようになったのはこの頃の一番の嬉しい成長でした。
そんな中、久し振りに体調を崩した息子。
それも数週間に何度も。
アンモニアが上がった原因はどれもはっきり分からずで。一泊入院して翌日には下がるから、なんだったんだろうね...という感じで退院みたいな。
救急外来は自宅近くの子供病院に連れてってましたが、病院が必ずかかりつけの病院に連絡してくれるので、かかりつけの病院も息子が数週間に何度も体調を崩しているのはもちろん知っていました。
そして、何度目かの体調不良で救急外来に行ったとき、流石に頻繁な体調不良の原因をはっきりさせたいとかかりつけの病院から救急外来に連絡が入り、息子、ドクターヘリでかかりつけの病院(自宅から車で2時間の距離)に搬送されることに。ドクターヘリは2度目の経験です。
この時ももちろん私たち夫婦はヘリに同乗出来ないので車で向かいました。
ただ、かかりつけの病院に到着して、検査のためにしばらく入院したけど結局原因ははっきりしませんでした。
案の定、アンモニアも翌日には標準値近くまで戻ってました。
私たちはもちろん、病院側もモヤモヤした気持ちだったと思います。原因がはっきりしないからね。
そして、この原因不明の体調不良が続く間になんと移植待ち優先順位が上がっていき、なんと近隣の州の中で1番目になってたそうです。
重症度スコアが高くなったのでしょう。
そして1番目になってから数日もしないうちに、なんとドナーが見つかったという連絡。
1番目だからってそんなに早く見つかるもんなの?!と思いつつ急いで病院に。
でも...
移植予定の肝臓のサイズは息子には適合しなかったということで、病院に到着して1時間ほどで帰されました。
"まあそううまくは行かないよなー"と帰路に。
でも...!!!(再び)
その2週間後にまたもやドナーが見つかった連絡。
そして今回はサイズもばっちり適合。
生後7ヶ月で全肝移植をすることができました。
ドナーは当時の息子と同じくらいの月齢のお子さんだったそうです。
移植をして、私たち家族は本当に助かりました。息子のQOL(生活の質)もとても良いです。
息子が移植を受けて4年が経とうとしています。
ですが、実は私の中で気持ちの整理ができていません。
なんの整理かというと、このドナーご家族に対してへの気持ちです。
子供を亡くし、そしてその子をドナーにすることを決断したご両親、ご家族には本当に感謝しています。
でも「感謝」という想いはそのご家族にとって適切なのだろうか...。
きっとそう思うのは、「誰かの死を待ってた罪悪感」が未だに私の中にあるからなのかなと思ったり...。
実は大分前に、「ドナーへの手紙」というのを病院からもらいました。
ドナー/ドナーご家族とは基本直接連絡はとれないけど、感謝の気持ちを伝えるということで病院を介してドナー家族へ手紙を届けるというものです。
この手紙を書こう書こうとは思っているのですが、未だに書けていません...。
ドナーご家族の反応が怖いというのもあります(返事が返ってくるとは限らないですが)
でも、正直に今までの私の想いを綴って、ご家族に「感謝」を伝えようと思っています。
移植待機リストに載ることができました。
病状をスコア化してその点数が高い順から優先順位が決められるにですが、息子の移植リストに載った時点での順位は20番目あたり。←うる覚えです...
"どのくらい待つのだろうか"が最初の感想。
いくら臓器移植が多いアメリカでもきっと数年かかるんだろうな...いやもっとかな...。ましてや息子はドナーが乳児~幼児ではないといけないと言われてて。
リストに載ったこの頃はちょうど離乳食を始める頃の月齢で、一日0.5gのたんぱく質を離乳食から摂っていいと許可がでたけど、このたんぱく質制限食の生活はいつまで続くのかなーと心配でした。たんぱく質摂取計算を間違えたら命に関わるわけで...。
だから正直、"早く移植ができればいいな"と思ってました。
でもその反面、
"移植を待つ=誰かの死を待つ"ことへの罪悪感もあって...。
息子は全肝移植予定だったので、誰かの死をもって移植が実現というわけです。
決して誰かに死んでほしいわけではない。
でも、誰かの死がないと移植はできない...。
前にも書いたと思うんですが、一番最初に移植の話をされたとき、脳死移植ではなく、生体間移植(私、家族全員肝臓を半分あげてもいいと言いました)はできないのかと聞いたことはあります。でも却下された経緯があります。
でももし、何年経ってもドナーが見つからなかったら、自分の肝臓をあげる覚悟はしてました(また却下されるのかもしれないけど)
そんな複雑な思いを抱えながらも、息子の日々の成長はとても楽しみました。
寝返りがやっとこさ出来るようになったのはこの頃の一番の嬉しい成長でした。
そんな中、久し振りに体調を崩した息子。
それも数週間に何度も。
アンモニアが上がった原因はどれもはっきり分からずで。一泊入院して翌日には下がるから、なんだったんだろうね...という感じで退院みたいな。
救急外来は自宅近くの子供病院に連れてってましたが、病院が必ずかかりつけの病院に連絡してくれるので、かかりつけの病院も息子が数週間に何度も体調を崩しているのはもちろん知っていました。
そして、何度目かの体調不良で救急外来に行ったとき、流石に頻繁な体調不良の原因をはっきりさせたいとかかりつけの病院から救急外来に連絡が入り、息子、ドクターヘリでかかりつけの病院(自宅から車で2時間の距離)に搬送されることに。ドクターヘリは2度目の経験です。
この時ももちろん私たち夫婦はヘリに同乗出来ないので車で向かいました。
ただ、かかりつけの病院に到着して、検査のためにしばらく入院したけど結局原因ははっきりしませんでした。
案の定、アンモニアも翌日には標準値近くまで戻ってました。
私たちはもちろん、病院側もモヤモヤした気持ちだったと思います。原因がはっきりしないからね。
そして、この原因不明の体調不良が続く間になんと移植待ち優先順位が上がっていき、なんと近隣の州の中で1番目になってたそうです。
重症度スコアが高くなったのでしょう。
そして1番目になってから数日もしないうちに、なんとドナーが見つかったという連絡。
1番目だからってそんなに早く見つかるもんなの?!と思いつつ急いで病院に。
でも...
移植予定の肝臓のサイズは息子には適合しなかったということで、病院に到着して1時間ほどで帰されました。
"まあそううまくは行かないよなー"と帰路に。
でも...!!!(再び)
その2週間後にまたもやドナーが見つかった連絡。
そして今回はサイズもばっちり適合。
生後7ヶ月で全肝移植をすることができました。
ドナーは当時の息子と同じくらいの月齢のお子さんだったそうです。
移植をして、私たち家族は本当に助かりました。息子のQOL(生活の質)もとても良いです。
息子が移植を受けて4年が経とうとしています。
ですが、実は私の中で気持ちの整理ができていません。
なんの整理かというと、このドナーご家族に対してへの気持ちです。
子供を亡くし、そしてその子をドナーにすることを決断したご両親、ご家族には本当に感謝しています。
でも「感謝」という想いはそのご家族にとって適切なのだろうか...。
きっとそう思うのは、「誰かの死を待ってた罪悪感」が未だに私の中にあるからなのかなと思ったり...。
実は大分前に、「ドナーへの手紙」というのを病院からもらいました。
ドナー/ドナーご家族とは基本直接連絡はとれないけど、感謝の気持ちを伝えるということで病院を介してドナー家族へ手紙を届けるというものです。
この手紙を書こう書こうとは思っているのですが、未だに書けていません...。
ドナーご家族の反応が怖いというのもあります(返事が返ってくるとは限らないですが)
でも、正直に今までの私の想いを綴って、ご家族に「感謝」を伝えようと思っています。
