「おばさんのバラ」 | Souvenirs de la saison

「おばさんのバラ」

 
 
私が借りている里山の畑では30坪くらいの区画が50ほどあって、谷あいを埋めています。
その中には悪い噂の立つ人もいます。

10年に渡って、皆がそれぞれ植えていた花などが切られている事がたびたびあったのです。

それでも見通しの利く畑ですから、ほぼその人物は特定されていました。
「あの人が関係無い区画を花を持って歩いているのを見た。」
「あの人がナントカさんの畑の花の間に立っていた。」
確証は無いけれど、皆がそう噂していました。
 
そんな事あるのかな?と思っていましたが、ある日妻だけが畑に行っていてアメジストセージの陰で休んでいたら、「あの人」は気付かずうちの区画に入って出会い頭に妻と会ってしまい、驚いていたそうです。
それだけなら別に構わないのですが、手にはハサミを持っていたそうです。
 疑いが確信に変わった瞬間です。
 
「 あの人」は70代半ば過ぎのおばさんです。
うちらはなるべく関わらないようにしていましたが、ある日おばさんのほうから声を掛けてきました。
「もう歳でここまで歩いて来るのが大変なので、畑の契約をもう更新しないのよ。うちはマンションだから、ここに植えたバラは持っていくところが無いの。あなた方は花が好きみたいだから、是非貰って欲しいんだけど。」
 
 
 

 

ちょっと気持ち悪かったけれど、断るのも角が立つと思い、ありがたく受け取りました。
そして掘り取ったそれをうちの畑の奥のウワミズザクラの下に植え替えました。
陽もろくすっぽ当たらない場所なので、そのうち枯れるかしら、なんてひどい事を考えて植えたのです。
 
ところが歳を重ねるたびに「おばさんのバラ」、その品種も「覚えてない」そのバラはどんどん大きくなっていきました。
シュラブ型のハイブリッド・ティーローズだろうと思うのですが、ついには3メートル超のベーサルシュートを伸ばし、クライミングローズかと思うほどになりました。

 

 
 

 

そして今年は恐ろしいほどの花数になりそうです。

肥料もたいしてあげず、消毒もせず、ハヤトウリの支柱代わりにした事さえあったのに。
改めて見てみると、淡く溶けるようなアプリコットピンク、花弁は艶かしく波打ち、ティーの清々しい香りは強く、素晴らしいバラだと思えてきます。
 
妻は「おばさんが知らない間に来て肥料とかあげて世話してるんじゃないの?」
なんて脅かします。
やめてよ。…怖いから!
まあ、花盗人は間違いなく花好きには違い無いかもしれません。
世の中にはそういう歪んだ愛を持つ人もいるのかもしれません。

 

 

 

 

コモンセージ、ゲラニウム、早すぎるルドベキア、さらにミント、シロタエギク。

そんな花たちとともに、春の畑の思い出としてキッチンに飾ります。