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すずらん、またの名を谷間のユリ
ウォルター・クレイン ヴィクトリアンの散歩道
19世紀後半を主に活躍したイギリスの画家、ウォルター・クレイン。
このシリーズでは、彼の代表作の絵本「フローラの饗宴」より、
毎回1ページを選んで、訳詞と解説をつけました。
このシリーズでは、彼の代表作の絵本「フローラの饗宴」より、
毎回1ページを選んで、訳詞と解説をつけました。
The little Lilies of the Vale,
White ladies delicate & pale;
すずらん、それは谷間の小百合
その白い淑女の
なんと華奢で無垢なこと
Lily of the valley
は、英語でスズランのことです。
すずらんは日が移ろう木陰などに群落をつくるので、「谷間のユリ」と呼ばれるわけです。
詩のようにvale も谷を意味しますが、本来は「人生の谷」など比喩的な表現でしか使いません。それに、
Lily of the valley
でひとつの名詞なので、vale では本来は不自然なのです。
これはなぜかと言えばこの詩は詩である以上、韻を踏んでいるので、そのことに関係しています。
詩の後半部分において、冒頭でwhite を使っています。
クレインはwhite の乱発を防ぐために同義語のpale を用いて「白い」を再度表現しています。
今度はそのpale が前半の句のvale と韻を合わせるようになるのです。
このように絵本とは言え、クレインの詩では必ず古典に通ずる韻文詩の職人的な技巧も存分に味わえるのです。
さて、白い淑女はどんな存在なのでしょう?
春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日、
ちょっとややこしいですが、だいたい4月の中頃です。
その日はイースター祭。
キリストの復活を祝う、キリスト教圏では最大のお祭りです。
ヨハネス・ゲルツ1884年
しかし元々は春の女神、オスタラを祀るものであったとされます。
オスタラはゲルマンの神で、幸運のシンボルでもありました。
イースターバニー(うさぎ)を従え、イースターエッグを振る舞う気前の良い女神です。
ゲルマン系の人々はやっと巡ってきた春の歓びをオスタラを称えて祝ったのでしょう。
オスタラのシンボルこそスズランです。
そしてキリスト教支配がヨーロッパで決定的になるに従い、オスタラと聖母マリアは習合されていきます。
例えば、キリストの死を悲しんだマリアが流した涙がスズランになった、と言う説話も生まれます。
そんな春のさまざまな生命の復活と、キリストの復活はリンクされていき、イースターへと結実していくのです。
すずらんの説話として、旧約聖書もよく取り上げられます。
ソロモン王が求愛したシャロンの乙女が、その求愛を断る時に歌った
「私はシャロンのバラ、谷間のユリ」
という有名な一節があります。
もちろんこの場合の谷間のユリとは、大きめの白ユリが本当に谷間に咲いているのをを言うわけですが、
英語圏の人が「谷間のユリ」を直訳すると
「私はシャロンのバラ、すずらんの花。」
となってしまいます。
このことでソロモン王伝説に少なからぬ混乱が生じています。
スズランは特に、ヴィクトリア時代に重なる
アールヌーボー芸術のモチーフとして寵愛された。
このようにスズランは様々な説話を取り込んで行き、そのイメージを膨らませ、
幸福、喜び、復活、再生、
そんなものを表すオールマイティにシンボリックな存在へと昇華していったのです。
この詩で取り上げた花
スズラン Convallaria majalis
この詩で踏んだ韻
vale ⇔ pale
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