コーネリア ある牧師の見た夢
ジョセフ・ペンバートン牧師は夢を見た。
子供の頃、大好きだったおばあちゃんちのバラはなんだったんだろう?
あのむせ返るほどのかぐわしい薫り。
あれはどんなバラだったんだろう?
今、また咲かせられたらどんなに素敵だろう?
その夢を見た時から、ペンバートン牧師はバラ栽培に憑りつかれる。
バラの園を作り、園丁まで雇い、育種に励んだ。
そのナーサリーから産み出された品種は、まさしく綺羅星のごとく、といったラインナップになる。
バレリーナ
バフ・ビューティー
ダフネ
フェリシア
ペネロープ(ペネロペ)
どうだろう、もうこれでお腹いっぱいにならないだろうか?
有名品種が目白押しである。
そしてこれらには大きな特徴がある。
いずれもハイブリッド・ムスク【HMsk】と呼ばれる種類なのだ。
ムスクとは、日本語ではジャコウと訳され、ジャコウジカを捕獲して得られる貴重な香料だった。
その香りを思わせるバラがムスク・ローズ(ロサ・モスカタ)であり、
それを元に改変育種したものがハイブリッド・ムスクと呼ばれている一群である。
ペンバートン牧師はそこに特化して語られることが多く、言うなれば彼は
「ハイブリッド・ムスクの伝道師」なのだ。
コーネリア 【Cornelia】
1925年 ジョセフ・ぺンバートン作出
その中でも特筆すべきは「コーネリア」。
特に修景に優れ、ガーランドへと誘引してあるのを見ると、これほど華やかなものは無いんじ'ゃないかと思ってしまう。コーラルピンクの花はそれほど多弁では無いぶん、そのヒレヒレとした花びらは伸びやかに開き、
まるでミツバチが歓びのあまりダンスを踊っているかのように軽やかにうねっている。
そして濃くはないけれど、ペンパートンの愛したムスク香は微風に乗ってしっかりと香ってくる。
ペンバートンローズには、聖職者だったのにキリスト教モチーフの名前は少なく、むしろギリシャ神話などに因むものが多い。
このコーネリアは古代ローマ時代の改革派政治家、グラックス兄弟の母であるコーネリア・アフリカーナに因む。
彼女は当時の上流階級には有り得ない、母親みずからが子供達の教育に携わり続けたことで知られている。
ペンバートンには、それが20世紀初頭のイギリス社会の変革期と二重写しになって見えたのかもしれない。