下町のラ・ボエーム 鶯谷アパート
オペラ初心者が見てはいけない演目というのがあるそうで、それが「ラ・ボエーム」です。
豪華絢爛な舞台装置が目を引くのがオペラなのに、「ラ・ボエーム」は全編が屋根裏部屋が舞台なので地味過ぎてしまうのだそうです。
ただ、日本の小屋裏収納みたいなのをイメージしては気の毒というもの。
たとえばパリの古い建物はたいてい屋根は頂点に近いほうは緩やかな勾配、
そして壁に近くなると急勾配にして、そこに窓を設けます。
勾配を途中で折って変えるので、「腰折れ屋根」、いわゆるマンサード屋根(フランス語ではマンサール)と言われるものです。
「マンサード屋根」パブリック・ドメイン, Link
パリ旧市街の建物を見てみるとほとんどがマンサードか、それに類するギャンブレル屋根となっています。
この方式だと部屋の容積はかなり大きく取れて、さらにドーマーと呼ばれる窓を設ければ、居住性は格段に高まります。
私が先日、東京の下町で見つけたこの建物こそ、「ヨーロッパの屋根裏」を再現しようとしたものではないでしょうか。
昭和7年に建てられた「鶯谷アパート」。
下谷の住宅街の中にひっそりとそれはありました。
雨の多い日本では屋根を複雑な形状にするのはとてもリスクがあります。
まして窓の取り合いは雨漏りを呼び、現代でさえ施工に躊躇されるところです。
それにも果敢に挑戦する価値がマンサードにはあると考えたのでしょう。
そして何よりの奇跡はそれが築80年を経て現存していることです。
アプローチもよく原形が留められています。
タイルもドアも新しい塗料で塗り潰されているようですが・・・
モザイクタイルは当時のものでしょう。
右から読むのね!
昭和7年、この建物にしてこのロゴデザイン、斬新そのそものでしょう!
窓と屋根を意識したマークのデザインに
建物への思い入れが堰を切るように溢れ出しているように思えます。
戦火も再開発も免れて、「鶯谷アパート」は建築史に名を残すでも無く、
それでも名作「ラ・ボエーム」に劣らないヒストリーとファンタジーをそこに湛えているのです。