ディマンティスのところに誘拐されたフュリオサは、そこでリトルDと呼ばれて彼の義理の娘のように扱われます。
彼の目的は、フュリオサが知っている緑豊かな土地の場所をいつか聞き出すことと、もう一つ、文字通りの搾取です。
作中で、ディマンティスがドッグフードと人間の血で作ったソーセージを食べるシーンがあるのですが、その後でフュリオサが「血を抜かれてるから顔色が悪い」と言われるシーンがあるんですね。
つまり彼女は、文字通りディマンティスに食い物にされているんですよ。
このモチーフはシリーズで繰り返されていて、逆にフュリオサがマックスによって奇跡の福音を施されるシーンでは、血が注ぎ込まれています。
キリストの復活の儀式、救世主の血を飲み肉を食べ、ということが本当に行われているのですね。
これは明らかにその鏡像になっていて、ディマンティスを娘を食う悪しき父として描いています。
キャンベル教授はこのような不正のことを「人食いの鬼親父」と表現しています。
キャンベル神話学では、父親はこの鬼親父の側面を持ち、母親は鬼女の女神、大地母神の面を持つとされています。
前作の悪役であり今回も出てくる家父長制の権化、イモータン・ジョーは鬼親父の最たる物だと言えるでしょう。
そして、イモータン・ジョーが治めるのは食料供給も心もとない不毛の土地です。
これは神話学では、王が不能であるということだとみなされます。
だから彼は自分の健全な実りの象徴である子どもと妻を血眼になって求めるのです。
もし彼が病魔に侵されていない子供を獲得すれば、支配地には緑が戻るということになっているのです。
もちろんそれは叶わずに、彼が大多数の犠牲と引き換えに一定程度まで回復させていた社会は、フュリオサに引き継がれることになるのですが。
だから彼女は女性であり、ジョーの支配する砦(シタデル)の豊かさの根源は女性たちなのです。
地母神というのは、鬼として人を食い、そして生み出すという両面を持っています。
男性にはこの産み出すということができません。
だから、かつておそらくは男性原理によって崩壊したのであろう文明の次に新しい文明を拓くのは女性たちであろう、ということが両作にまたがったヴィジョンとして存在しています。
つづく