中国医学の土台には老荘思想があります。
ですので、古代の医師の故事などを読むと「治らない質の物は治らないので治療を断る」というようなことが頻繁に書かれています。
足るを知らない人格の人間、中庸から大きく外れた人間はその心がそのまま体の病となると考えます。
このようなお話のうちで、もっともよく知られたものは三国志に出てくる曹操と華佗先生のお話でしょう。
曹操はひどい頭痛で悩まされていて、神医とされた華佗先生を召喚したのですが、まさに曹操こそ歴史的α男子ツーブロックゴリラ。その内面が明らかに頭痛として上逆して現れているので、彼が生き方を変えない限りは治せるわけがない。
そこで華佗先生は治療を断って逃げ出そうとするのですが、結局捕まってしまい死んでしまう、というお話でしたね。
西洋的向上心は、東洋哲学からすれば明らかに偏った人格による偏った生き方です。
インド哲学からすれば修羅道とされており、何度生まれ変わっても決して解脱することが出来ないとまで言われている生き方です。
しかし、脱亜入欧で西洋化した近代以降の日本の鍼灸術では、当然そのような思想性は欠落しています。
「こういう人は治らないから生き方変えさせてねー」なんていう指導は鍼灸学校では行われません。
偏ったままに偏った西洋医学的対応をすることになります。
どちらが正しいかとかは私にはわかりません。
師父が言うように、生き方を変えれば果たして癌細胞はなくなったのでしょうか。
実際に、そのような話を聴きもするのですが……私にはわかりません。
とはいえ、感覚的には理解が出来る部分があるように思います。
これと同様のことは、気功の偏差でより身近で、常に注意をしてきたためです。
つづく