母が認知症になりました。
一人暮らしの時は、まだ大丈夫だったのに。
姉が癌の終末期で実家に帰ってきました。
自由に生きてきた姉との同居は、母にとってストレスでした。
姉との同居のストレスで、母の認知症は、加速度的に進行しました。
姉の逝去後、母に頼まれて、姉が実家に運び込んだ家具家電製品を全て処分しました。
姉の写真も、見たくないからと、全て処分しました。
回復するかと思われた認知症ですが、回復せず進行して、奇行が目立ち始めました。
姉のものは見たくない、という母の気持ちが、認知症の進行に伴うものであれば、
家具家電製品も姉の写真も、処分するのを待てば良かったのですが、
当時は、ストレスを減らせば、回復するのではないかと、甘い認識を抱いてました。
休みをとって、要介護申請をしました。
主治医を決めて、認定調査等をクリア。
要介護2がつきました。
しかし残念ながら、介護保険サービスは拒否。
デイサービスもホームヘルプサービスも利用につなげられませんでした。
母は、生活が成り立っていうちは、なるべく自宅でと望みましたが、
秋が過ぎ、冬が来て、身体的にも衰えて、出来ていたことが出来なくなりました。
見当識障害が進み、季節も場所も人も判らなくなりました。
近所のコンビニまで食べ物を買いに行くことだけは出来ていましたが、
それも難しくなりました。
流石に気丈な母も、一人暮らしは無理と感じたのでしょう。
介護保険サービスを拒否してきた母が、施設入所を望むようになりました。
それを契機として、ケアマネに相談。
要介護認定の更新申請をしました。
役所、認定再調査、主治医の診察と健康診断。
介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)のショートステイお試し入所から始めました。
数十年、自分のモノを買う事が無かった母のために、
下着を買い、服を買い、靴を買い、名前を書き、名前を貼りました。
グループホームもデイサービスもホームヘルプサービスも拒否してきた母ですから、
心配していたのですが、施設に連れて行くと、すんなり入所しました。
ショートステイ入所を繰り返して、要介護3が付くまで持たせる予定でした。
要介護2から要介護3になったら、ショートステイを入所に変更できるとのことでした。
しかし、残念ながら、要介護認定には、落とし穴がありました。
20年ぐらい前に、要介護認定の問題点に、
障害高齢者は、要介護度が高めだけど、
認知症高齢者は、要介護度が低くなってしまうと言う課題が見つかりました。
20年も前の課題なので、既に修正されていると思ってました。
しかし、認知症高齢者の母の要介護申請は、却下されました。
在宅のケアマネさんと施設の相談員さんと、ケアカンファレンスです。
ケアマネさんと相談して、不服申し立てをするよりは、再申請の方が早くて確実だと意見の一致。
ショートステイを続けた状態で、ショートステイの限度を超えた日数は、
介護保険は使えないから、10割負担になるけど、実費を支払えば、続けて施設に置いてもらえる事になりました。
次の再申請のタイミングも、見計らっていただけるとのこと。
3月末に、在宅のケアマネさんからと、施設の相談員さんから別々に同時に連絡をいただきました。
要介護3ゲットしました。
4月の初めから、介護老人福祉施設入所の手続きをしました。
在宅のショートステイから、施設入居者に変更できました。
やれやれでした。
母の年金額より施設入所費用が高いので、母の貯金残高が、基準を下回ったら、
減免申請をすれば、母の財産の減少が減速する感じです。
定期的に、施設に伺ってやりとりしていますが、母との面会はしなくなりました。
母が、寂しいのであれば、面会しますが、母の施設生活は楽しく充実しているらしい。
なにしろ、息子の南風のことは、すっかり忘れてしまってますからね。
あんた誰?と言われるのも切ないしね。
実家の隣人の東風家の祖母さんも、同じ施設に入所していて、元気で長生きして亡くなったと仰ってました。
評判の良い施設でよかった。
母の貯金を使い切るまで、長生きしてくれれば良いと思います。
子どもは、もう南風一人になってしまったからね。
ヒサ絵さんの「忘れてもいいよ」です。
泣かせます。
認知症の親に忘れられた子どもの歌です。
お読みいただきありがとうございました。
