南風のブログ
  • 25Aug
    • 第八回ブライアン四段本部直伝セミナー

      内帆船のお陰で、仙腸関節が少しずつ緩み始めて、腰痛が起きなくなっていた南風ですが、一身上の出来事により、大きなストレスがかかり、十日以上、歯を食いしばっていたらしく、金曜日に腰の痛みで動けなくなりました。土曜日に少し快復。日曜日は、自治会の役員会。9時からです。当日「防犯カメラ」の申請の報告をしなければならない副会長の南風ですが、日曜日の本部直伝セミナーに空手初心者が参加するという噂が流れ、報告を会長、総務部長に、根回しして委任して、腰痛を忍て市川公民館に向かいました。でも、空手初心者の方は、都合が悪くなった旨の連絡は受けていたので、無理しなくとも。でも、同時に、エス隊長が「ぎっくり腰」になった情報も。ということで、本部直伝セミナーの運営は、腰痛快復中の南風がやらなければ。参加者は、無想会の会員のみ、10名。ブライアン先生を入れて11名です。特筆すべきは、前回セミナーから会員のオキ氏。奈良から参加のオウ氏。(良く参加して下さるので最早、ヨシ先輩と同様常連です)静岡から僧侶のイナ氏でした。あとは常連です。ブライアン先生の本部直伝セミナーの内容は、何時もと同じ。ただ、三時間では、時間が足りないので、ブライアン先生の構想では、移動の動きから組手への足掛かりまでだったのですが、そこまで行けませんでした。基本の動き、柔軟ストレッチ、掌手、貫手、正拳、前蹴り、回し蹴り、横蹴り、身体を割っての裏拳、後ろ回し。今回は、腰痛の南風に配慮して、筋トレは省略。もう時間があまりないので、オキ氏を除いて、形を。オキ氏は、内帆船立ちと内帆船初段を。この指導はオカ先輩(実は体調不良)。もう時間が無いぞ、状態で、一列になって、移動の動きを。肩が回らないように。回転はしない。正中線で左右の入れ替えを。左は止めて、右だけ前にスライド。右を留めて、左だけ前にスライド。嗚呼、時間切れで、今日も組手まで行けなかった。と言う感じのブライアン四段本部直伝セミナーでした。嗚呼、腰が痛い。この後、ブライアン先生との懇親会は、ナガ氏にお任せして、体調不良のオカ先輩と家庭の事情の南風は、帰路についてのでした。

  • 04Aug
    • 国際沖縄空手道無想会の話

      新垣清師範のブログの更新が続いています。百五十年の喪失を埋めるマイナス百五十年からの出発「感性」と「反射」条件反射と文学リンゴとオレンジ「彫って」、「掘って」、「Digging」して行け!鑿と鏨で、彫り込んで行け!武術としての空手修行の、システム化とカタログ化ただし、内容を読むと、どうやら無想会の会員向けなので、無想会の会員以外の新垣師範のブログの一般読者のための補足説明が必要なのでは、と思い立ちました。現在、2019年ですから、150年前は1869年です。松村宗棍先生(1809~1899)の時代の空手が150年前です。佐久川寛賀(1786~1867)先生の時代の空手が150年以前の空手と言えるでしょう。

    • 1985(昭和60)年の飛行機事故

      大学を卒業して、大学に勤める前の空白の一年半、当時勤めていたのは、本田技研工業格式会社埼玉製作所狭山工場だったと記憶している。お盆休みの8月12日、埼玉と群馬と長野の県境、秩父の山奥、小鹿野町橋詰にあった実家に泊まった。国道299号線、志賀坂峠の麓だ。翌日、大学時代から毎年恒例になっていたバイクでの北海道旅行に出かけるつもりだった。天候は不安定で集中豪雨が降ったり止んだり。超田舎の山奥なのに、夜中、サイレンやヘリコプターの音が煩かった。8月13日早朝、まだ続く、時折の豪雨の中、合羽を着たり脱いだりしながら、北海道旅行に出発。バイクが危険な程の豪雨の時、車の修理工場で雨宿りさせてもらったりしたのを記憶している。一日、下道でバイクを走らせる。国道299号から国道140号、国道125号から国道4号線へ。国道4号に出たら、青森までノンストップだ。この時の北海道バイク旅行については、別の記事で書いた様な気がする。途中でコケてブレーキレバーを折ったんじゃなかったっけ。さて、北海道についてから、日本航空機事故を知った。坂本九さんも亡くなったって。超田舎の山奥なのに、夜中、サイレンやヘリコプターの音が煩かったのは、すぐ近くに飛行機が落ちたからだった。520名が死亡した、日本でも世界でも最悪の単独航空機事故となった。今年2019年、あれから35年も経った。まだ命日じゃないのに、何故か夢を見て思い出しました。お亡くなりになった皆様のご冥福をお祈り申し上げます。

  • 28Jul
    • ブライアン先生のセミナー in 市川

      昔は休みが多かった大学の教員も、年間30回の授業を確保するため、7月いっぱい授業を行います。8月の第二週に前期試験。お盆の週になってやっと夏休み。しかし、実習巡回や高校訪問など外回りを含む、自分の業務と相談しながら、有給休暇を出すだけ。というハードな生活が続きます。週末はボランティア。社会福祉協議会の部会長、町内会の副会長として、お祝い金の持参があります。20日、21日、25日と三自治会の夏祭りを回って、27日。ブライアン先生のセミナーに参加しました。早朝、三姉妹の食事を用意し、台風6号の強雨の中、傘さして電車で市川へ。ところが、市川駅に着くと、陽が燦燦と良いお天気、しかも暑い。台風6号は何処?市川駅に到着したブライアン先生と五名で徒歩で会場へ。暑くて大汗です。会員から会費を集め、会場使用料を支払い。セミナーを無事始めることが出来ました。今日は、全員会員なので、稽古は毎回同様に、本部形式でお願いしました。普通に、準備運動、基本、柔軟体操、筋トレもやっていただきました。受講生は、無想会の会員10名。特筆すべきは、西表島のミスター無想会と福島からワイ氏が参加したことです。ミスターは最近、よく出現します。前回も居ましたよ。手土産持参です。とても空手なんて出来る環境に無いワタクシが、無想会ボランティアを続けていられるのも、ひとえに、新垣師範のチョコレートとミスターのサブレのお陰かもしれません。と言うわけで、午前中は突きと蹴りの身体操作中心に。このセミナーで重要なのは、ブライアン先生をよく見て、身体操作を真似することです。本当は、最前列に陣取りたいところですが、なるべく入会が浅い会員優先で、前にでて頂いたので、ちょっと後ろから。しかし、後発会員三名の進歩は、著しいものがあります。なんか、カタチが様になってきています。内帆船立ちがキレイ。広背筋が使え始めています。後は、正中線で、回転せずに、スライド出来れば完璧。最早、『週刊少年ジャンプ』程度はへし折れるのでは?と思いきや、マガジンパッドが前にあると力んだりして。休憩は5分ね。昼食は抜き。食事は、14時終了後に。蹴りを少しやって形を稽古。蹴りは、持ち上げて・閉じて・落ちながら・・・なんですが、この閉じるという言葉のニュアンスに少々難があります。無想会はどんな歩幅でも内帆船立ちを保持します。股関節は横に張ったまま維持します。股関節は閉じない。だから、持ち上げて・閉じて・だけど閉じちゃ駄目。張ったまま、畳むだけです。閉じてしまうと自在じゃなくなる。我々が、そこに気づいたと言うか、教わったのは、ここ1、2年です。今日、それに気づいた会員も。我々が、年に二回しか教われなかった、沖縄空手の身体操作が、時短で新しい会員たちに伝わっていきます。さて午後の2時間もどんどん時間が過ぎていきます。関東稽古会の会員から要望が出ました。ブライアン先生大阪セミナーでは、ブライアン先生に依頼して、演武を見せてもらったらしいことが、大阪の同志のブログに書いてあった。関東でもやってもらえないだろうか。ブライアン先生にお願いすると、OKでした。と言うわけで、午後の2時間のうち、30分程度使って、大阪セミナーと同じ様に、演武を見せていただきました。稽古した形は、内帆船初段と五十四歩、これは何時もと同じです。さて、セミナー終了後、子供たちだけで留守番させている、ワタクシは、気温がぐんぐん上がるなか、急いで帰宅。台風6号により開催が危ぶまれた自治会の夏祭り。どうやら開催されそうです。女房が居ないので、子どもの浴衣の着付けはワタクシ。自治会の役員と待ち合わせて、三姉妹のうち二人連れて、四か所目のお祭りへ。社会福祉協議会からのお祝い金を渡して、ビールをご馳走になって。そんなんで、長い一日が終わりました。やれやれでした。

  • 08Jul
    • 7月7日(日曜日) 刀禅&無想会稽古会

      7月7日(日曜日) 本日は雨天のため、町内会の行事は中止。ゆえに、副会長としての行事参加も、社協の会長として、祝い金の持参も中止。なので、もしかしたら、午前中から行けるのでは。と思い、雨の中電車を乗り継いで、京成国府台駅に到着しました。余裕をもって、9時20分頃到着。スマホで確認すると徒歩25分。まあ、30分ぐらいで着くでしょ。と、雨の中、傘差して、早足で人波を追い越しながら急ぎました。いい年ですが、通勤で歩いているので、同年代にしては早い方です。スマホとにらめっこしながら急ぎます。大通りが終わり、細い路へ。スマホで地図を確認しながら歩きますが、スマホを使いこなしていないワタクシは、自分の位置確認が設定出来ていません。これが問題でした。細い道に入って、地図を、拡大したり縮小したり、目印の建物や分岐を探したり。でも、問題は、自分の位置情報の設定が出来ていないこと。迷いました。道が分かりそうな人に、教えてもらいながら、それでもわからん。地図を見ながら歩いているのに。ということで、40分以上早足で歩き続けて、ヘロヘロになって、遅刻で到着。イタ先生、失礼しました。刀禅の会場は和室です。世界チャンピオンのイタ先生は、エス隊長が推薦する、推手ナンバーワンの使い手です。本日の指導は、推手も含めて教わるハズだったのですが、我々、指導される側が、先生に呆れられるほどのレベルだったために、イチから刀禅の基本を教わりました。ここを疎かにすると「一生出来ない」という辛口の中に優しさの溢れたコメントを頂きながら、全員が先生に、手取り足取り修正して頂きました。ここが今日のポイント。少人数のため、「全員が」チャンピオンに、直々修正を受けられた。イタ先生は、巨漢ながら、緻密な身体操作が出来る天才です。刀禅の身体操作を理解して伝えられる(教え方が上手)ヒト。エス隊長曰く「自分は、最高の人しか呼ばない」だそうです。最期に、時間を延長して推手のコツなども教わりました。午後からは、無想会です。会場はなんと体育館全面でした。用事があるのに、無理して参加してくださった、マゴ氏がお帰りになったため、先生を駅まで送って行ったエス隊長とブライアン先生in大阪セミナーからハシゴ参加の、ナカ氏とワタクシのみの参加となりました。会場使用料払えて良かった。少人数どころではない、少数のため、マンツーマン的に何でも可能ですが、ナカ氏の要望にお応えして、ではなくてエス隊長の意見を採用して、五十四歩(改)になりました。沖縄同好会代表から、変更事項をLINEで頂いていたので、それをやりましょう。ところが、広い体育館に、一面線が引いてある。バレーボール線、バスケットボール線、その他諸々の線。演武線があるのは結構なのですが、ワタクシの感覚が狂ってしまいました。あれ?正面と後ろが逆になってる?なんでなんで??なんて、トラブルもありましたが、動画で確認(便利な世の中です)して事無きを得ました。これなきゃ、感覚が狂ったり、忘れたりした段階で、終わってますものね。沖縄同好会代表の五十四歩変更点も確認しながら、ブライアン先生に教わった身体操作にも拘りながら。その他、内帆船初段の身体操作も。個人的には、あれほど何度も何度も変更を繰り返して、やっと確定した内帆船全伝をもっと大切にしたいんだけど。無想会の「内帆船全伝」、何処に行っちゃったんだろう。師範がセミナーで「内帆船初段」で良くしちゃったから仕方ないけど。セミナーで改めて全伝に時間をとれないし。それは良いとして、マガジンパッド(テープ巻き雑誌)を使って、突きの稽古もしましたよ。やっぱりこれでしょ。早くて速くて重い突き。無想会同士の悩みは、日常的にマガジンパッドを持ってもらう相手が居ない事。一緒に稽古できる時には、なるべく、マガジンパッドを持ってあげますよ。だから、吾輩の荷物は何時も重い。というわけで、七夕の雨の日の刀禅&無想会の報告でした。

  • 06Jul
    • 広背筋と肋骨と手の内

      稽古時間をとらず、筋トレもやらない南風ですが(師範、ゴメンナサイ)、広背筋∞と肘上腕筋肋骨押し付け(脇を締める)と親指小指掌締め(手の内締め)は、ずっとやっています。で、偶に、鏡があると形の動きを確認したりしてるわけです。広背筋∞でクシを鍛えるのは勿論のこと、肘上腕筋肋骨押し付け(脇を締める)は、正中線の意識が高まりますし、親指小指掌締め(手の内締め)は、まだまだ、新垣師範やエス隊長の様に、小指の第一関節から順番にコントロール出来るには至らないものの、両手の握力は、老化に逆らって強化されているのではと思います。肋骨の中の正中線に向かって肘と上腕を押し付けているので、仮想重心を外に出しても、肘を外に(そこに)落とす意識が途切れることはありません。これ、なかなか便利ですよ。なかなか忙しくて稽古時間の持てない同志たち、歩く事が稽古です。肘を落としながら歩くとか、踵と下半身トルクを意識しながら歩くとか、工夫すれば、一石二鳥三鳥の稽古になりますよ。これを続けると形が変わります。エス隊長の真似をして、背骨を締める練習をして、背骨なんだか背骨にくっついた広背筋なんだか分かりませんが、背骨をコントロールできる様になってきたので、(残念ながらまだ猫背から脱却できてないので、生かし切れてません)ゆっくり動いても、末端スピードは上昇中ですよ。ただ落ちているだけですが、広背筋∞のお陰で、人間相手の相対では、おっかなびっくりの気弱な南風ですが、形の最中ならば、相手の首など余裕で折れるだけの重さを感じます。忙しくて稽古時間をとれない仲間たち。歩きながら広背筋∞やりましょうよ。

    • 諸手突きは、突きではなくて・・・突きだった。

      私は、国際沖縄空手道無想会セミナー、五期生ですから、無想会空手を学ぶようになって5年です。6年、7年やっている先輩たちは、放っておいて、4年以下の空手歴の後輩たちを5年間で自分が到達した所に、4年以下で時短で連れて行くのが役割ですね。先輩たちは五里霧中のなか、試行錯誤で現在の処に到達しましたが、キチンとした道標を立てながら、最短距離を歩いてもらいたいと思います。え? 修行ってソンナモンじゃ無い?苦労して身につけないと駄目?という意見は置いておいて、相変わらず全く稽古時間をとりません。昨年度まで、学生と一緒に稽古する時間を持てたのですが。トウ君卒業後、新人が入らない。というわけで、筋トレも相変わらずやってません。師範、ゴメンナサイ。でも、骨と筋、動かしてますよ。歩く時は(恥かしくない程度ですが)、広背筋∞で、上腕と肘を肋骨に押し付けて、掌の親指と小指をギュウギュウしながら、大腰筋で歩いてます。親指と小指ギュウギュウなんて、しょっちゅうやってますよ。で突然、鏡の前で、思いついた形を試してみたり。昔のエス隊長はそうだった。彼は「その意味では一日中やっていた」と述べています。2年前のエス隊長を追いかけている私ですが、彼に言うと鼻で笑われます。「もうそんなことしませんよ。」「ナカ(身体内)で動いてますから。」ですって。確かに、一緒に電車に乗って、空席ができると先ず老人の私が座ります。座った私の前に立った、エス隊長の胴体は、やっぱり武術的に動いてました。私の広背筋∞は、変な動きをする爺ですが、エス隊長が、身体内で武術の稽古をしているなんて、誰も気づかない。ついつい脱線してしまいましたが、沖縄空手の身体操作は全て同じ話です。形はなんのためにやるのか。組手に強くなるため。武術的身体操作を身に付けるため。身に付けた身体操作で戦うため。形を続けていると、全ての技が全部同じことが解ってきます。全て広背筋。全てチンクチ、全てはクシ(背中)から。全て手が先。全て重力落下。初挙動の一手は、全て内帆船と同じ。喉輪からスタート。ローハイ(羅漢)とワンシ(王師)の形は、払って頭を掴んて首折り膝蹴りスタートですが、喉輪の次がどっちみち、全部首折りスタートですから、誤差の範囲かな。それで、全ての技について煩い能書きがあるんですが、今回は諸手突きについて書きます。諸手突き(両手突き)で突くのは、一般的には武術的に意味がありません。腰の回転で突く場合、逆腰しても、同時には突けない。腰の回転を右拳に乗せたら、左拳の威力が出ない。腰の回転を左拳に乗せたら、右拳の威力が出ない。当たり前ですね。形に諸手突き、よく出てくるのですが。現代空手修行中に、考えても仕方がないので諦めていた挙動です。沖縄空手に転向して、身体を四分割(多分割)して使う様になり、腰も回さなくなり。右の突きと左の突きを別々に同時に出せる様になり。両方に威力が出せて問題解決。ところが、諸手突きは、突きじゃありませんでした。両手で頭を掴んで捻りながら落下して前に突き出す動作。これが、武術として伝承された沖縄空手の形の諸手突きでした。ところがところが、肘と上腕を正中線に向かって押し付けながら前に出す身体操作を続けていると、貫手・喉輪にスイッチを入れて重力落下を続けていると、あれれ、諸手突きって、モロに突きじゃね。だってどう考えたって、仮想重心の正中線めがけて落ちてるなんて突きだし。見た感じだって、突きの身体操作で突きを出してるとしか見えないし。当たった後のフォロースルーの長さの違いじゃね。ヤフーブログ時代の南風のブログでは、何度か、内帆船は突きも蹴りも出てこないけど突きと蹴りの練習だ的な記事を書きましたが、実際には至る所に突きも蹴りも散りばめられているわけです。

  • 30Jun
    • 第六回(かな?)ブライアン先生の市川セミナー

      一週間、風邪、治らないなァ。喉の痛みから始まって、先週は鼻水、前夜は咳が止まらず。でも、西表島のレラ氏が(大阪からだけど)参加すると言う情報が入り、南風も参加。レラ氏は、私と同世代の仲間、会員歴はチョット後輩。無想会愛が強く、本部道場で黒帯取得。三セミナー梯子で制覇して、ミスター無想会と呼ばれている兵(ツワモノ)です。さて、韓国ジゴロ風、黒マスクで、悪の雰囲気を漂わせつつ、9時300分に市川駅到着。エス隊長とタガ氏が待っていてくれました。マゴ氏が登場、大阪からヨシ先輩登場、エッチ先輩登場。ブライアン先生登場。待てど暮らせどレラ氏は来ない。ということで、小雨の中移動開始。道すがら、レラ氏に電話。すでに会場入りしてました。本日の参加者は、いつも参加してくれる極真のチャンピオン(年齢(エイジ)別)の方と炎の会のメンバー三名。無想会では、ヤマ氏、ナガ氏など。十三名でした。本日も、本部道場形式で稽古開始。準備動作から基本、柔軟、筋トレは省略。ただし、全員無想会ではなかったので、ブライアン先生もチョット気を使ったセミナーになりました。ただし、教え上手な、ヨシ先輩とミスター無想会が指導補助として、ブライアン先生を補佐。写真等もミスターにお任せで、自分は、一番良いポジションで稽古に専念。残念ながら、初心者優先で、場所替えをしたので、後ろに下がりましたけど。ブライアン先生との稽古で、このポジション取りは重要ですよ。ブライアン先生のなるべく近くを確保し、その身体操作をコピーする。これが大切です。これがとても良い稽古になります。私の空手衣の脇の下。日頃から、歩いている時も、広背筋∞しながら、肘を肋骨に押し付けています。でも音は、ジョリジョリジョリ。ブライアン先生は、ミシミシミシ、ミシミシミシ。この音を聴く事、出すことを目指す事、とっても大切。今回のセミナーは、特に、あれをやったとか、これをやったかとかは無いです。何時もと同じ事を、ブライアン先生の身体操作で行う事を繰り返しただけ。ブライアン先生が、進行に気を使っていたので、時間を飛ばしがちな指導補助のエス隊長、ヨシ先輩、ミスター無想会の手綱を引きながら、進行の声かけを担当しました。これは、南風的には、新垣師範の本セミナーと同じ立ち位置ですね。形も、全体稽古では、内帆船初段のみしか時間をとれませんでした。ただし、最後の30分で、身体操作突き蹴り組(エス隊長指導)とブライアン先生身体操作五十四歩組とに分かれてもらって、五十四歩の時間をとれました。これは、無想会会員諸兄には、良い時間になったと思います。写真(動画も一眼レフで撮ったのかしら?)を担当して下さったミスター、どうもお疲れさまでした。ありがとうございました。私は、進行以外は何もしていません。相変わらず、背中(広背筋)が痛くなる、ブライアン先生の市川セミナーでした。

  • 26Jun
    • 五十四歩から江南へ(変化は反映される)

      五十四歩は、下から喉輪を突き上げると必ずもう一方の手を頭部に掛け、顎(喉)と頭部に掛った両手で首を極めて捻ります。捻りながら落ちて次の挙動に入ります。これをやっていると、他の形にも影響が及びます。国際沖縄空手道無想会の形は、全て同じ身体操作で動きます。ですから、当たり前と言えば当たり前で、今までもそうだったのですが。特に、五十四歩を学んで、新江南に移行すると、象徴的に解ります。江南(チャンナン)という形は、糸洲安恒先生が平安の形を創出した時の原型となった形。平安初段から二段、三段、五段部分に分かれます。新江南は、四段的な動きが・・・と一部の門下生から意見が出てますが、実は違います。今日解りました。さて、五十四歩は、下から喉輪を突き上げると必ずもう一方の手を頭部に掛け、顎(喉)と頭部に掛った両手で首を極めて捻ります。捻りながら落ちて次の挙動に入ります。新江南も、首里手は首狩り族ですから、当然、喉輪から始まり、貫手・喉輪の挙動があります。喉輪を出したら、もう片方の手を頭部に掛けて捻ります。平安初段と二段を飛ばして、平安三段部分の途中から。貫手から転身まで。ここは無想会では、貫手・喉輪、左手を頭部にかけ捻りながら左膝蹴りで転身です。首里手の形は、右膝蹴りが多いですが、ここは五十四歩と同じ左膝蹴の転身です。蹴ってから転身するのではなく、転身しながらの膝蹴りですから、左の膝蹴りが合理的。そこに、左膝があるから。もう一度、貫手・喉輪、また左手を頭部にかけて捻ります。ここが、平安三段のクライマックス、右ラリアットから左の鉤突き。殆どの流派では、顔の横から後ろを突いて、フィニッシュ。この右ラリアットから左の鉤突きは、平安三段を教わった時に、右手を被せて捻って、左手を被せて捻ってでも、身体操作は同じだから、どちらでも良い。そう教わりました。ですから、兄弟弟子の中でも、好みが分かれ、「右ラリアット左の鉤突き」派と「右手を被せて捻って、左手を被せて捻って」派に分かれています。私は「捻って・捻って派」です。平安三段から江南に話を戻します。左膝蹴りの後、再び貫手・喉輪、左手を頭部にかけて捻じりながら転身。頭部を右脇に保持。ここから右手を被せて捻りながら左膝蹴り、右の猿臂打ち。これが最初の右ラリアット部分。今、左手が下で右手が上で頭部を保持してます。再び左手を被せて頭部を捩じりながら右の膝蹴り、左の猿臂打ち。これが左の鉤突き部分。身体操作的には、「右手を被せて捻って、左手を被せて捻って」です。一見、平安四段部分に見えた身体操作は、平安三段のフィニッシュでした。まだまだ続きますよ。左猿臂打ちの後、もう一度掴みます。ここから平安五段部分。左の猿臂打ちは出したものの、直ぐ掴んだので、左手を被せて捻った後なので左手が上で右手が下で頭部を掴んでますよ。左足を出して落ちながら、両手をクロス。これは、頭部を捩じりながら上にあった左手を下に、下にあった右手を被せる様に捻じります。そのまま持ち上げて、右膝蹴りの後、もう一度右手を被せる様に捻じりながら、体重をかけて地面に叩きつけます。今、被せた右手が上にきています。下にあった左手を抜いて持ち替えます。左手が上で右手が下になります。下にあった右手で捻じりながらフィニッシュの卍ポーズ。五十四歩で、喉輪しちゃ、もう片方の手で捻じりながら転身。貫手・喉輪しちゃ、もう片方の手で捻じりながら膝蹴りしながら転身。これを繰り返している内に、その身体操作が、他の形に反映されて、全部同じになります。しかし、この形は、極悪非道ですね。旧ヴァージョンでは、裏拳猿臂とか、一息つける部分があったのに。ずっと、捻じり続けています。多分、稽古が進むにつれて、クーシャンクーやセーサンの動きが、初段部分と二段部分に反映されて、捻じり続けられる様になってしまうことが予想できます。きっと、掴んで引き倒しが、掴んだ瞬間に捻じる様になってしまうのでしょうね。多分、師範や先輩たちはそうなんだ。年数を重ねるごとに、我々も極悪非道の首狩り族になっていく。

  • 25Jun
    • 五十四歩の形の稽古を始めました。

      風邪をひいてしまいました。喉の痛みから、少し発熱し、現在は鼻水が垂れています。早めに、期末試験問題を作り始めたのですが、解答・解説も同時に作成したので、少し時間がかかってしまいました。少し、休憩です。五十四歩の形の稽古を始めました。師範や同士達が、凄い、凄いと言う割には、セミナーで順番を習っただけでは、凄さが解らず、先週の土日の稽古で、なんとなく順番だけ覚えました。どうも、演武線がイマイチでした。土の字です。こんな曖昧な演武線で良いのかしらと思いましたが、繰り返す内に、もしかしたら、演武線は、十の字で、開始線の一歩後ろの演武線は無いのが正しいのではと思い始めました。演武線が二重線なんて、オカシイですものね。何故、オカシイと思ったかと言うと、今まで教わった形との整合性です。松村宗棍先生の八十一に合わない。それから、羅漢なのですが、羅漢を稽古していた時に、演武線は使わずに、演武点を踏んでいました。踏む点は六ケ所で、脛の長さでキッカリ斜め45度です。もちろん、師範の模範演武の様に、ダイナミックに動きながら演武も出来るのですが、キッチリ斜め45度で六点踏んで演武を繰り返すと、高速演武が可能になります。演武線使わずに演武点だけ踏むと、幾らでもスピードアップ出来るのが面白い。ちなみに、八十一は四点のみを踏んで演武可能です。まあ、そんな数年前の稽古は置いておいて、羅漢や八十一と比較すると、なんか曖昧でキッチリしてません。それで、演武線を演武点に変えて、十字にしてみました。そうすると、左右の足のどちらかが、開始点にかかったまま、演武可能です。もしかしたら、これだと結構良いかも。素敵、素敵。と考えて、新垣師範に確認したら、どうやら意味不明で、間違えていた様な感じでした。五十四歩の演武線は逆Tの字だそうです。八十一と同じ演武線です。そこで、逆Tの字、八十一の演武線の上だけで、五十四歩をやってみました。なるほど、なるほど。これは出来ます。やっと、師範や同士達が五十四歩を褒めてる意味が解りました。いやいや、これは普通気づかないでしょ。映像で覚えても全然解りませんよ。やっぱり、新垣師範や無想会の先輩たちは凄い。これを理解するには、伏線が必要だったんですね。昔のセミナーでは、平安を初段から五段まで順番に教わりました。それに、スイッチでの切り替えも教わりました。例えば、平安二段の三歩をスイッチしながらその場で演武するとか。そんな事をやりました。当時は、一緒に稽古する学生が居たので、その場での平安二段スイッチや通常の三歩進む平安二段を、交互に繰り返した思い出があります。その稽古が、江南や八十一の演武線に生かされています。これを、広島のイソ先輩に教わった、骨盤内の筋肉で脚を短くして隙間に落ちると掴んで、ぶら下がって落ちるや、相手と入れ替わって落ちるを、組み合わせて落ち続ける(結局どれも同じ技術ですが)と無想会の形っぽくなります。話を、「八十一の演武線で五十四歩を演武する」に戻しますが、羅漢と八十一は特殊な形なので、例外的に点でも演武可能だが、これは、あくまで例外に過ぎません。形、本来のコンテクスト(繋がり)で行くと、演武点は間違いで、演武線でなければいけない。ということが解ります。もちろん、点を踏める形の場合は、稽古方法の一つとして、点での演武を組み込むのは、個人的に有りだと思いますが、基本は、演武線でなければいけない。線上でスライドしながらの挙動を繰り返すから。切り替えがない形、又は切り替えの歩幅が一定の形のみが、点で演武できますが、江南は、点を踏めない。線上を動かなきゃ。五十四歩も、点は踏めません。線上を動きます。守っている王様には、一歩も敵を近づけない、気概に溢れた形です。内股は前に投げ、横に投げます。話が再び脱線しますが、旧流派の二段の指定形が五十四歩だったので、一応、他流派の五十四歩も出来ます。最初に横蹴上げを右に挙げて引き倒し、左に挙げて引き倒し、右後ろ蹴りを高々と挙げて右縦拳、左後ろ蹴りを高々と挙げて左縦拳なんですが、この後ろ蹴りが内股投げだったとすると、横蹴上げが内帆船移動で膝蹴り貫手だとすると、伝言ゲームで前後が入替ったのかしら。五十四歩は面白い。話を再度「八十一の演武線で五十四歩を演武する」に戻します。前方へ一歩出て喉輪から始まる挙動の後、頭部を掴んで首折りながら転身、ここで、貫手、喉輪、膝蹴り、の時に、八十一の投げと膝蹴りと同じ身体操作で、開始線から後ろへ行かないで演武可能です。しかも、「八十一の演武線と身体操作で五十四歩を演武する」と早く速い。新垣師範の自信作である「五十四歩」の完全解明に、無想会の先輩方絶賛する理由が、少しずつ解り始めた南風でした。ただし、まだ、新江南も五十四歩も、始めたばかりで、通して出来ません。通しで演武出来るようになったら、もっと五十四歩の凄さが解るかもしれませんね。どちらか一つだとそればっかり稽古すれば良いけど、二つあるので、虻蜂取らず、二兎を追う者は一兎をも得ず、にならないようにしないといけませんね。

  • 17Jun
    • 6月16日(日曜日) 国際沖縄空手道無想会 運営会議

      土曜日の稽古の翌日の日曜日、オカ先輩とエス隊長の打ち合わせに、沖縄同好会代表のハマ氏が上京し、エス隊長宅へ宿泊、急遽、昨日参加できなかったブライアン先生も参加して、国際沖縄空手道無想会の運営(動画編集や広報関係)について会議が行われました。そんなこんなで、沖縄から態々(わざわざ)ハマ氏が上京されたので、会議以外に、ブライアン先生との稽古もチョットだけやりました。ブライアン先生セミナーに参加された方は、お分かりだと思いますが、一緒に、真似して動くだけで、とても良い稽古になる貴重な時間です。沖縄同好会代表のハマ氏は、今回のセミナーは、東京と沖縄の両方に参加。一番沢山指導を受けているので、ハマ氏の稽古参加は、動画での復習プラスαのメリットがあります。土曜日の稽古では、開始位置を決めて、五十四歩を演武し、何故か、しっかり開始位置に戻るため、五十四歩初心者的には、不思議だったのですが、オカ先輩とナガ氏が時々開始点に戻らない事がありました。ズレる原因は、左の内股だったのですが、(これは、オカ先輩とナガ氏が正しい。ズレるのが当然で、ズレない南風は調整している。)前交差と後ろ交差の修正を、ハマ氏がキッチリ覚えていたために問題解決。これで、この場に居なかったナガ氏もキッチリ開始点に戻れるはずです。ハマ氏に、五十四歩(ゴジュウシホ)とチャンナン(江南)の細かい所を修正して貰い、ブライアン先生に、相対を交えながら、夫々の挙動を、無想会の身体操作で演武していただき、見て、聞いて、真似る、稽古の時間を持てました。私は、家庭の事情で、遅れて参加し、途中で帰ると言う状況でしたが、稽古の美味しい所を頂いた感があります。運営会議に参加した、エス隊長とオカ先輩どうもお疲れさまでした。稽古をつけて下さいましたブライアン先生とハマ氏、どうもありがとうございました。そして、皆さん、お疲れさまでした。土日の成果は、無想会オールジャパンのLINEで共有させていただきました。

    • 6月15日(土曜日) 刀禅&無想会

      6月15日土曜日、当日は午前中から都合がついたので、久しぶりに、午前中の刀禅から参加できました。残念ながら関東地方は雨。木刀と棒の代わりに傘を差しました。市川駅に着いたら、既に、シマ先生とオカ先輩が、改札口に居ました。三人で話している内に、エス隊長が自家用車で到着。雨の中、同乗させていただき、会場へ。炎の会の若手が、まだ着てなかったので、午前の分の刀禅の会場使用料を払うエス隊長に併せて、午後の分の無想会の会場使用料を支払う事ができました。少人数での刀禅スタート。数名が遅れて参加しましたが、それでも、普段より少人数のため、シマ先生の目が行き届きます。セミナーや稽古は、少人数の方が、参加者にはラッキーですね。当日は、下半身や股関節のワーク中心でした。無想会の身体操作と共通部分が多いワークなので、またまたラッキー。最近、家庭の事情と社協のボランティア会長で、なかなか参加出来ず、久しぶりの刀禅でしたが、回ってきてくださる、シマ先生に、直していただきつつ、出来ている指摘もしていただいたので、嬉しい気持ちにも。シマ先生、ありがとうございました。お昼になり、刀禅のみ参加者と先生がお帰りになった後、エス隊長とフルコンの師範とチャンピオンと炎の会の組、4名と我々無想会、オカ先輩とナガ氏とわたくしの3名に分かれて、空手の稽古をしました。横目で、フルコンチームを見ていると、エス隊長の動きが戻ってきています。突きと蹴り、瞬間移動をやっていましたが、ワープしながら見えない突きを出しています。やっぱりエス隊長はこれでなきゃと、安心した南風でした。無想会チームは、15回、16回セミナーの復習中心に行いました。五十四歩の順番覚え。先ずは、順番を覚えます。疑問点は映像で確認。便利な世の中になったものです。何度も繰り返して、大体、順番を覚えたところで、新江南(オカ先輩のブログでは、真チャンナンになってました)に入ります。最初の交叉法が、単純に引手を取った喉輪に変わりました。国際沖縄空手道無想会が採用した古伝の形は、これで、ほとんどが喉輪からスタートする事が、見えて来ます。ナイハンチ(内帆船) は喉輪スタート。チャンナン(江南)も喉輪スタート。パッサイ(八十一)も喉輪スタート。ゴジュウシホ(五十四歩)も喉輪スタート。残りは、セイシャンとクーシャンクーです。ちなみにローハイ(羅漢)は、払って頭を掴んで首折り膝蹴りスタート。ワンシ(王師)の形も、払って頭を掴んて首折り膝蹴りスタート。喉輪スタートか、首折り膝蹴りスタートかどちらかしかありません。指定形が喉輪スタート。参考形が首折りスタート。と言う位置づけになるんですかね。松村宗棍先生は、掴まれる前に喉を取った。だから、中国伝来の套路は、江戸時代に、剣術(日本武術)の正中線の概念と共に、松村宗棍流に唐手の形として完成したんでしょう。因みにちなみに、無想会の喉輪スタートの形は全て、左喉輪から右手で頭部を掴み、首を捩じります。相手の掴みを払って頭を掴んで首折り膝蹴り。掴まれる前に喉輪で先手を取って頭を掴んで首折り膝蹴り。掴みを払って左手を首に右手を頭に掛けるか、掴まれる前に左手を喉に伸ばすかの違いに過ぎません。見ようによっては、なんだ同じじゃん。ということになりますね。似た様なパターンの形を何度も繰り返していると、江戸時代の形の本質とか、唐手佐久川先生のパターンや松村宗棍先生のパターンとかに想いが及ぶ様になってくるのが、不思議ですが、無想会の身体操作をこれらの似た様な形に落とし込む作業をすると、益々、その想いは顕著になっていきます。チョット、いや結構、脱線しましたが、チャンナン(江南)に入りました。最初の交叉法が喉輪、右手で頭部を掴んで捩じりながら膝蹴りが変わった部分。暫くは、旧ヴァージョンと同じです。平安初段部分を通過、平安二段部分を通過、平安三段部分に入り、左手で掴んで、右逆手突きから左手で押さえて、上から右貫手、下から喉輪突き上げです。ここから、ニューヴァージョン開始。左膝蹴り(五十四歩と同じ)で転身。またまた、左手で押さえて、上から右貫手、下から喉輪突き上げを繰り返して、右腰構えで転身。この時点で足は開いてません。左膝蹴り(ここで足を降ろす時に内帆船立ちになります)。右猿臂打ち。右膝蹴り。左猿臂打ち(ここから加速します)。左足を出しなら両手クロス。持ち上げて膝蹴り、そのまま地面に叩きつけ(右手が上の状態)、左手を抜いて上から掴み、今度は下になった右手と一緒に上下を取り、捩じり折りながら立ち上がる。これも、疑問点が出たら、映像で確認。便利な時代ですね。16回セミナーの復習が終わったら、15回のパッサイ(八十一)から遡って、時間まで形をやりました。前回は、フルコン系の参加者の方のために、沖縄空手的身体操作の説明をしながらの稽古でしたが、今回は、エス隊長参加のため、無想会の稽古を時間一杯行うことができました。参加して下さった皆様。どうもありがとうございました。

  • 11Jun
    • 入替え問題を理解しましょう

      第31回社会福祉士国家試験問題 「福祉行財政と福祉計画」の問題47です。チョットみてください。問題47 法律に基づく,福祉計画に定めるべき事項に関する次の記述のうち,正しいものを1つ選びなさい。1 都道府県介護保険事業支援計画では,介護給付等対象サービスの種類ごとの量の見込みを基に,市町村の介護保険料を定める。 都道府県計画ではなく市町村介護保険事業計画である。(入替え)2 都道府県障害福祉計画では,各年度の指定障害者支援施設の必要入所定員総数を定める。 正解。障害者総合支援法第89条第2項第三号で規定。3 市町村障害者計画では,各年度における指定障害福祉サービス,指定地域相談支援又は指定計画相談支援の種類ごとの必要な量の見込みを定める。 市町村障害者計画(障害者基本法)ではなく市町村障害福祉計画(総合支援法)である。(入替え)4 市町村障害児福祉計画では,指定障害児入所施設等における入所児支援の質の向上のための事項を定める。 市町村障害児福祉計画ではなく都道府県障害児福祉計画である。(入替え)5 市町村地域福祉計画では,社会福祉を目的とする事業に従事する者の確保又は資質の向上に関する事項を定める。 市町村地域福祉計画ではなく都道府県地域福祉支援計画である。(入替え)これを見て、どう思いますか。正解以外は全部入替え問題ということに気付きましたか。試験問題は、この様に作られています。先ず、選択肢5、社会福祉法の「市町村地域福祉計画」と「都道府県地域福祉支援計画」の規定を入替える問題は定番問題です。市町村と都道府県の役割分担は覚えやすいので、特徴を掴んでおくのが受験勉強です。「都道府県」と「市町村」を入替える作問テクニックは選択5の他に、選択肢1、選択肢4にも使用されています。受験勉強では、様々な福祉計画で、都道府県と市町村の規定の入替えが出題されることを前提に、違いに注目する必要があります。選択肢3は、障害者基本法の障害者計画と障害者総合基本法の障害福祉計画を入替えた問題です。「者は基本」「福祉は総合」と区別できるようにしておくと同時に、内容の特徴を掴んでおきましょう。こんなの覚えるのは、かったるい人は、「2019-06福祉行財政88問正誤ポイント」を眺めていれば、自然に覚えてしまい、「これは多分入れ替えている!」という勘が働くようになります。https://southernwind410.amebaownd.com/pages/2695129/menuここで購入できるはずです。

  • 09Jun
    • 年金は損か得か

      年金は損か得か考えた事がありますか。ちょっと計算してみましょう。本当は、保険料は変わるので、変わったので、もっと少ないですが、一番高い現在の保険料で計算します。給付額も変わるので一概に言えませんが、現在の給付額で計算します。現在の保険料は、16,340円です。12か月で196,080円です。これを40年間払って、7,843,200円になります。現在の給付額は、年額で779,300円ですから、何年で元がとれるか割ってみましょう。すると、10年で元がとれます。差額が50,200円なので、厳密に言うと、10年1カ月で収支はプラスに転じます。保険料を払い終わって、給付される側にまわってから、10年1カ月以上生きた人は、給付額が支払額を上回って得をするということになります。これは、物価の上昇とか様々な要素が絡み合いますから一概には言えませんが、現在の様に物価が上がらず給料だけが下がる状況だと、保険料は滞納せずに納めておいた方が得のようです。もちろん、これは基礎年金だけの話ですから、サラリーマンはこれに厚生年金が加算されます。それだけではありません。40年間支払わなくても、障害年金や遺族年金は、その時点での要件を満たすだけで給付されます。一応保険なので、保険をかけとけってわけです。ですから、万が一の障害や死亡と10年で元をとることを考えれば、無理しても保険料を支払った方が無難です。だだし、10年生存せず、家族も居ない人にとっては、残念な事になります。それでは、ちょっと65歳の平均余命をみてみると、男性19年、女性24年です。男性の平均でも、収支は700万円プラスです。ですから、保険料では賄えなくて、税金を投入しているわけです。年金は損か得かで考えると、国民にとって、とってもお得な制度というわけです。しかし、払った額より沢山貰えるからと言って、現役時代の生活を維持できるほど、沢山貰えるわけではありません。老後の生活設計は、貯金や収入、支出のバランスを考えて、資金管理することが大切になります。

    • 日本人人口2018(平成30)年

      日本の人口には、外国人を含めた総人口と日本人人口とがあります。これらは、国勢調査と人口動態統計などの資料に基づく推計です。総人口のピークは2007(平成19)年から2010(平成22)年ぐらいで1億2千8百万人ぐらいです。その後、減少に転じ、2018(平成30)年に1億2千643万人ぐらい。2045(平成57)年ぐらいには、1億人を下回るのではと予想されています。日本は、戦争に負けました。1945(昭和20)年8月のことです。この時点を終戦と言います。ここを境界として時代を前後に分け、戦前、戦後という言い方をします。その時点での人口は、7千2百14万人でした。この戦争は、人材も物資も総動員体制で、特に若い男性はかり出されました。終戦を迎えて、かり出されていた若い男性たちが、復員してきます。当時の風習では、適齢期の男女は、結婚するのが普通でしたので、その男性たちと銃後(戦場の後方)を守っていた女性たちが結婚します。結婚した男女から赤ちゃんが産まれます。1947(昭和22)年、1948(昭和23)年、1949(昭和24)年の三年間を、第一次ベビーブームと言います。その時に産まれた世代を、団塊の世代、第一次ベビーブーマーと言います。 人口には、自然増減と社会増減があります。出生者数から死亡者数を引いた数値を「自然増減」、入国者数から出国者数を引いた数字を「社会増減」といいます。2018(平成30)年の日本人の出生数は約91万8千人で、死亡者数は約136万2千人です。この場合、日本人の自然増減は約44万2千人減少であると言います。

    • 最短距離からの放出

      間が空きましたが『沖縄武道空手の極意』解説シリーズです。その参の96頁「最短距離からの放出」です。「足で、地面を蹴るな!」多くの日本武道で指導されるということですが、読者の皆様は、長く武術に携っていても、あまり聞かなのではないかと思います。私も、40年近く、現代空手に関っていましたが、そんな指導を受けたことはありません。もちろん、沖縄空手道無想会では、ごく当たり前の指導なわけなんですが。地面を蹴ると作用と反作用で二つのベクトル。蹴らずに引き上げるだけだと作用のみなので一つのベクトル。エネルギーの循環はシンプルならシンプルな方が早い。こんな理屈です。兎に角、エネルギーロスを嫌うのが沖縄空手方式です。無想会では、これに重力落下を使いますから、上げながら落ちるという、早くと重くの両方をゼロ拍子で行う事を要求されます。それから、ボクシングのパンチと首里手の突きの共通性の記述があるのもこの章です。さらに、野球のピッチングと無想会の準備動作の「筋抜き」の原理が同じだという記述もこの章です。無想会は準備動作で「筋抜き」を行いますが、これは中々高度なテクニックです。肘だけ上下しますが、掌部分は一直線に前方に向かって可能な限り伸ばします。伸ばす時も戻す時も、広背筋で行いますが、広背筋は、開始から終了まで緩まない様に、締め続けます。この「筋抜き」、結構大変で、初心者は、数回で汗だくというシロモノです。この「筋抜き」は、野球のピッチングを裏返した動作です。ピッチングの真っ最中に筋肉を緩めるピッチャーは居ませんね。同じように、技の真っ最中に筋肉が緩まない様に、空手家も「筋抜き」を「しっかり稽古」です。違いは、武術として、早さ速さ重さを得るために空手の技は「正中線」に纏わりつく事です。

  • 08Jun
    • 人口自然減、初の40万人超…死亡数は戦後最多

      「厚生労働省は7日、2018年の人口動態統計(概数)を発表した。死亡数から出生数を引いた自然減は44万4085人と初めて40万人を超えた。1人の女性が生涯に産む子供の推計人数を示す合計特殊出生率は1・42で、3年連続で低下した。人口減少は進む見通しで、子育て支援や労働生産性の向上が課題となる。死亡数は136万2482人(前年比2万2085人増)で戦後最多だった。出生数は91万8397人(同2万7668人減)で、統計を取り始めた1899年以降で最少を更新した。この結果、自然減は前年より4万9753人拡大し、過去最大となった。」もう、明らかな事実ですが、日本は人口減少社会に突入しています。合計特殊出生率は最低が1.26で現在1.42ですからそれほど低くない印象を受けますが、これは計算基準である50歳になり割り算の母数から抜ける女性が増えているために起きる数字のマジックに過ぎません。90万人産まれて130万人亡くなる。直ぐ、80万人産まれて140万人亡くなって60万人の自然減になります。そうすると加速度がついて、毎年100万人の自然減の時代が来ます。「減少していく労働力人口を補うため、4月に施行した働き方改革関連法の着実な運用を通じて、労働生産性を向上させることも目指している。高齢者の労働参加を進めることも課題で、根本厚労相は7日の記者会見で「次期年金制度改革では、より長く、多様な形となる就労の変化を取り込みたい」と語った。」と言うことですが。いつもながら、政府の政策は末端ばかり弄って、根本なところを無視しますからね。現在の日本は、出産・育児し難い国です。高齢者も女性も働き難い国です。出産・育児し易い国にするためには、高齢者や女性が働き易い国にするためには、積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)を随所に散りばめる必要があります。でも、政策を作っているのは、差別している側ですから、結婚できない人、出産できない人、育児に苦労している人、働きたいけど働けない高齢者、働きたいけど働けない女性、働きたいけど働けない若者の意見を聴く耳をもたないと、何時まで経っても本末転倒の政策に終始することになります。 現在の日本は、失敗したらやり直が出来ない社会です。何度、失敗してもやり直せる社会にしなければ、子育ても、就職も辛すぎますね。  

    • 特別養子、原則15歳未満=改正民法が成立

      特別養子縁組の対象年齢を原則6歳未満から原則15歳未満に引き上げる改正民法などが7日の参院本会議で、与党などの賛成多数で可決、成立した。制度見直しは1988年の導入以降初めて。公布から1年以内に施行する。 特別養子縁組は虐待や貧困などが原因で適切な養育を受けられない子の救済が目的。普通養子とは違い、実父母との親子関係はなくなる。最高裁判所によると、特別養子縁組の成立件数は近年、年間500~600件程度で推移している。 改正法は、民法の規定で15歳になると各種手続きで本人の意思が尊重されることなどを踏まえ、対象年齢の上限を定めた。15~17歳の縁組も本人の同意などを条件に例外的に認める。この様なニュースが発表されました。特別養子縁組は民法に規定されています。第五款 特別養子(特別養子縁組の成立)第八百十七条の二 家庭裁判所は、次条から第八百十七条の七までに定める要件があるときは、養親となる者の請求により、実方の血族との親族関係が終了する縁組(以下この款において「特別養子縁組」という。)を成立させることができる。2 前項に規定する請求をするには、第七百九十四条又は第七百九十八条の許可を得ることを要しない。(養親の夫婦共同縁組)第八百十七条の三 養親となる者は、配偶者のある者でなければならない。2 夫婦の一方は、他の一方が養親とならないときは、養親となることができない。ただし、夫婦の一方が他の一方の嫡出である子(特別養子縁組以外の縁組による養子を除く。)の養親となる場合は、この限りでない。(養親となる者の年齢)第八百十七条の四 二十五歳に達しない者は、養親となることができない。ただし、養親となる夫婦の一方が二十五歳に達していない場合においても、その者が二十歳に達しているときは、この限りでない。(養子となる者の年齢)第八百十七条の五 第八百十七条の二に規定する請求の時に六歳に達している者は、養子となることができない。ただし、その者が八歳未満であって六歳に達する前から引き続き養親となる者に監護されている場合は、この限りでない。(父母の同意)第八百十七条の六 特別養子縁組の成立には、養子となる者の父母の同意がなければならない。ただし、父母がその意思を表示することができない場合又は父母による虐待、悪意の遺棄その他養子となる者の利益を著しく害する事由がある場合は、この限りでない。(子の利益のための特別の必要性)第八百十七条の七 特別養子縁組は、父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において、子の利益のため特に必要があると認めるときに、これを成立させるものとする。(監護の状況)第八百十七条の八 特別養子縁組を成立させるには、養親となる者が養子となる者を六箇月以上の期間監護した状況を考慮しなければならない。2 前項の期間は、第八百十七条の二に規定する請求の時から起算する。ただし、その請求前の監護の状況が明らかであるときは、この限りでない。(実方との親族関係の終了)第八百十七条の九 養子と実方の父母及びその血族との親族関係は、特別養子縁組によって終了する。ただし、第八百十七条の三第二項ただし書に規定する他の一方及びその血族との親族関係については、この限りでない。(特別養子縁組の離縁)第八百十七条の十 次の各号のいずれにも該当する場合において、養子の利益のため特に必要があると認めるときは、家庭裁判所は、養子、実父母又は検察官の請求により、特別養子縁組の当事者を離縁させることができる。一 養親による虐待、悪意の遺棄その他養子の利益を著しく害する事由があること。二 実父母が相当の監護をすることができること。2 離縁は、前項の規定による場合のほか、これをすることができない。(離縁による実方との親族関係の回復)第八百十七条の十一 養子と実父母及びその血族との間においては、離縁の日から、特別養子縁組によって終了した親族関係と同一の親族関係を生ずる。改正民法が、国会で可決、成立しました。年齢制限を6歳から15歳に引き上げる。子の同意があれば、17歳まで認める。ということです。この制度の特徴は、実親との関係です。普通養子縁組では、実親との関係も残りますが、特別養子縁組では、例えば虐待された子や遺棄された子が実親との関係を断ち切ることができます。小さい子でなければという配慮があって6歳という年齢制限がありました。8歳まで認めると言っても6歳になるまでに養育されていた場合という限定付きなので、基本6歳以上の子は特別養子にはなれませんでし。これが、17歳まで(18歳からは大人)に延長されることになったということは、事実上の年齢制限の撤廃です。養親にとっても養子にとっても、年齢制限が廃止されたのは、喜ばしいことだと考えます。きっと500~600件で推移していた特別養子縁組は、1000件以上に増えるかもしれませんね。

  • 07Jun
    • 学問とは 科学とは 研究とは 学習とは

      学問とは学を問うこと。言い換えると、科学を研究することです。科学とは、実践を理論化して体系づけたものであり、研究とは、よく調べて真理を究める(追究する)ことです。看護学も福祉学も実践の科学である以上、その進歩のための研究はとても大切です。学習とは、特定の経験によって新しい知識、認知様式、技能、態度、行動様式を永続的に習得することです。ですから、情報の一時的な獲得は、学習とは言いません。学習者のこれまでの経験は、資源となり生かされます。学習は、環境によって影響を受けまし、報酬によって強化される場合があります。成人の学習では、内発的動機づけによって学習が促進されます。他者による評価よりも自己評価が大切ですし、講義による学習よりも課題中心の学習のほうが高い効果をえられます。専門職者の事例研究で、患者・利用者を対象にする場合には、一定の倫理的配慮が必要です。研究参加の同意は、家族ではなく本人から得るようにしましょう。研究参加の同意は後で撤回できることを患者に説明します。個人情報が含まれた研究の書類は、施錠できる場所に保管しなくてはいけません。研究発表用のデータでは、患者の実名を伏せましょう。さらに、研究が終了した場合でも、研究者には守秘義務があることを理解しておきましょう。

    • リエゾン精神看護とDV被害者に対する支援

      医療関係者が、DV被害者を発見した場合、配偶者暴力相談支援センターまたは警察に通報する努力義務があります。配偶者暴力支援センターは、一時保護機能を備えています。DV被害者から聴取した内容を、加害者に確認するのは不適切です。また、加害者にDVを止める様に説得するのも藪(やぶ)蛇(へび)です。DVを発見した場合、病院から警察に通報する義務があることを被害者に伝えましょう。DV被害者は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)がある可能性があり、フラッシュバックや悪夢を見たりする場合があります。担当看護師だけで対応が難しい場合、リエゾン(橋渡し)精神看護を専門とする看護師がいれば、連携して対応しましょう。リエゾンとは、フランス語で連携・連絡という意味です。リエゾン精神看護を専門とする看護師の介入として適切なのは、リラクセーション法の指導を受け持ち看護師と計画することです。リラクセーションやカウンセリング等がリエゾンナースの担当です。また、コンサルテーションへの対応として、他分野の専門家への橋渡しをするのも、リエゾン精神看護の活動です。PTSDがあっても、睡眠薬の増量や向精神薬の使用、精神科病棟への転棟は、好ましい対応とは言えません。加害者と話し合う場を設定するのも不適切です。被害者の回復のために、他に連携すべき専門職で優先度が高いのは心理専門職です。