〈Mさんの実例〉
Mさんの手紙です。
先日は『心の友』誌第二十五号を送っていただきありがとうございました。
先生の本を読ませていただき、今までの私の内にある「外の心」を反省し「内の心」で生きて行こうと努力していきたいと思います。
不思議なことに自然と「ありがとう」という言葉と感謝する心が湧き出てくるようです。笑顔まで生まれてくるようになりました。
悪因悪果や善因善果である因果応報の原理がよくわかります。私の周りで現実に見てきたからです。外の心だけで生きてきて、私利私欲に走り人を傷つけ泣かせ、感謝も謝ることも知らない方々が何十年も暮らしているのは、本当にお気の毒としか言いようのないことです。
それでも自己の反省がなく、世間が悪い相手が悪いと理屈をつけて、本当に可哀相(かわいそう)な方々です。私は『心の友』誌をいただいてありがたいと心から思います。
私は、先生のご指導をいただきとりあえず家の者が内の心で明るく暮らしていけますよう努力していきたいと思います。子供や孫の代に何事もなく明るく暮らせますよう私が一生懸命がんばります。どうぞよろしくお願い致します。
私は二十二歳で結婚し、義父母、義祖母、主人の五人暮らしとなりました。二十七歳までに長女と長男を出産しましたが、三十歳までに二度ほど流産を経験しました。四十五歳で子宮と卵巣(らんそう)を摘出し、それ以来身体が重く以前のように働けません。夜も寝られない日々が続いていました。
医師には、「更年期と同じだから仕方がない」と言われてしまいました。先のことが不安になり、二年前の四十八歳の時に霊能者のところへ行ったら、あなたはガンで亡くなり家が大変なことになるとまで言われてしまいました。
そして、去年の十月から痛みが胸に現れ息苦しくなり、病院に行きましたらうつ病と診断されました。薬を飲んでも、医者を変えても一向に治らないのです。そればかりか、右腕と右足が痛くしびれたような感じでともかく重たいのです。
私が嫁いでから数年で亡くなった義祖母は、宝生教という神教に入っていました。その関係で、三重県伊賀上野市にある教国神社に毎年お参りしています。神札、破魔矢(はまや)、お守りも多くあります。祝詞の教本もあります。また義父も、寺総代を務めたことがありお寺さんからもいろいろいただきます。
義母は二年前に他界しましたが、亡くなるまでの十一年間は認知症でした。また義母は生前、姑である義祖母と大変仲が悪く、喧嘩ばかりしていました。このためか毎年、四国霊場八十八箇所巡りのお遍路(へんろ)さんをして納経帳(のうきょうちょう)も所持していました。
私の主人は、五十一歳です。私から見れば内の心で生きているような人です。踏まれても、踏まれてもこれでもかと思うほど人に尽くし、つらい目にあわされたのにその人を「可哀相な人なんだね」と言うのです。
二十四歳の長男はおとなしい子です。しかし、金縛りにあったり、自分の寝ているベッドの周りで遊んでいる子供の霊を見るそうです。義父も同じような体験をしていると言います。
義父は頑固(がんこ)で、高齢になった今でも家の中ですべて自分の思うように指示し気に入らないと怒り出します。人の意見など受け付けず聞く耳を持たず、神仏に関するものはすべて自分で管理しています。
ですから、神棚に祭ってあるもの、仏壇に祭ってあるものは、私が自由にはできません。信じないものに何を説いてもだめだと思います。それに義父と、もめたくないのです。
私が、できることでしたら何でもいたします。どうぞ、一つ一つご指示してください。私が信じない者の代わりに一生懸命にいたします。どうぞよろしくお願い致します。
Mさんからの二回目の手紙です。
週末に先生からのお手紙が届きました。本当にありがとうございました。
朝目覚めた時から、身体の痛みが和らいでいたことに気づいていました。
身体が重く、鉛でも入っているかのように動かなかったのが軽くなっていました。足がだるくて切り取ってしまいたいほど辛かったのにずいぶん楽になりました。胸の痛みも時間が経つにつれて遠のいています。
その日から前世のお詫びと、先祖のお詫びをさせていただいています。ついては、神社仏閣のお札やお守りの魂抜きをしていただきたいと思います。ただ前回の手紙に書きましたように、義父には理解してもらえません。
今日まで義父は、我が家の法律であり神仏だと思っているからです。つまり我が家の独裁者です。人の言うことに聞く耳などありません。義父にとって、神棚や仏壇、お札は一種の飾りのようなものです。神様へのお洗米と、仏壇のご飯は私が用意をしてお供えします。
義父は、私に勝手に振る舞って欲しくないように思っています。義父が外出する時は仏間を閉めてゆきます。ですから何一つ私が勝手に行動に移すことはできません。そのところを汲んでいただきたいと思います。ただし自分の部屋で位牌をまつることはできます。
義父は一年ぐらい前から、町内の墓地に草取りや掃除にでかけています。奉仕活動は良いことですが、他人様の墓や墓に飾ってある花や茶碗(ちゃわん)などを勝手にいじり、苦情も出ています。
私が心配なのは、織田信長に滅ぼされた大野城主や家来(けらい)の十三人の墓をいじり、無縁仏の墓や、墓石の代わりに立っている石を違うところへ移動したり捨てたりしたそうです。
その日の夜には、義父のところへ幽霊が出て、金縛りにあい全身の震えが止まらず怖くて朝までに死ぬかと思ったと言いました。
私の息子も、足を痛め一週間仕事を休みやっと動けるようになったやさきに、四十一度の熱を出して数日間寝込みました。
それと四年前、娘の家を建てるために土地を買いました。叔父(おじ)も一緒に買ったのですが、叔父の家は災難ばかりで立派な家を建てても住む人もなく現在に至っています。娘の家を建て始めて三ヵ月目で、婿(むこ)が胸の痛みで入院してしまいました。
同じ頃に仕事場の土地も買い求め作業場も作りました。何か悪いことがありましたら、一つ一つお詫びしていきたいと思います。どうぞよろしくお願い申します。
追伸
命根石をお詫び用、仏壇用、家の者、娘夫婦と十個ぐらい分けていただけましたら幸いです。また、長男は男友達には恵まれていますが、女性とお付き合いしたことがありません。何とかならないでしょうか。
UnsplashのLiv Cashmanが撮影した写真
*写真は本文と関係ありません。
〈解説〉
Mさんのうつ病、子宮の関係、腕の痛みなどはすべてMさんの前世の因縁です。『心の友』誌第二十三号に従って詫びてください。
①前世の因縁
Mさんは大きな屋敷の奥さんでした。主人が浮気もので使用人の女中の多くの人に手をつけたのです。流産した女中もいました。Mさんは、腹立ちやいろいろのことがあって下男の男に言いつけ、その女中たちをいじめました。
無理のないことですが、痛めつけられて腕や足が痛い人もいました。これらのうちの、四人の女中が今もMさんに恨みを向けているのです。『心の友』誌第二十五号も参照のうえお詫びしてください。
②M家の因縁
四代前の先祖は寺持ちの住職でした。加持(かじ)祈祷(きとう)を盛んにやって、百姓や町人を脅(おど)し病人や苦しんでいる人から金を巻き上げました。その脅しや言葉におびえて、困ったり苦しんだりした人が大勢います。その多くの人の恨みが子孫に災いしているのです。
③義祖母の教国神社の神札や経典(きょうてん)、義母の八十八箇所のお札や掛け軸、お守りなど、これらからものすごく悪い波動が出ています。家族の人全員に悪影響を及ぼしています。『心の友』誌第二十五号第二章をよく読んでください。納得していただいたら、これらすべての魂抜きをします。
④義父が、無縁仏の墓をいじっている障りがきて家族が金縛りになっています。義父が無縁墓地や城主や武士の墓などをいじることによりものすごい憑依が来ています。このようなことは絶対にしてはだめです。義父が分からず屋でどうしようもないから命根石が入荷しましたら数多く持って、家の中の四隅や屋敷のまわりに何ヵ所か置いたりしてください。仏壇や各人のお守りなど命根石の利用法に従って邪霊を防いでください。かなり効果があります。
⑤大野城主に関わり合う武士も頼ってきています。
⑥それと土地の障りがあります。屋敷と家の図面を書いて方位も知らせてください。ご主人の腰痛や五十肩はこの土地の障りです。
⑦先祖代々の魂入れは、義父のいない朝に電話してください。内緒で魂入れをして、M家の苦しんでいる先祖の人々を助け出します。
その後、何回かMさんとは手紙のやりとりがありました。電話での魂入れ、神社仏閣のお札などの魂抜き、土地の障りが二ヵ所、浮遊霊のたすけなどをしました。今はかなりよくなりました。
肉体的に壊れたところは医学的治療により徐々に良くなっていくでしょう。このように複雑に因縁が絡み合っているとなかなか表面的な解決方法では良くなりません。これらの経過を見ても、見えない世界の関わりが強く関係していることが分かります。
この問題が、わりと早く解決の方向に進んだのは、Mさんの素直な心が一番大きかったのです。素直に信じ行動してくれたからです。M家は、今後ますます良い方向で進むでしょう。
[(このブログの管理人の)解説] 今日の実例もなかなかおもしろいケースです。調子に乗っていた義父が、勝手に他人の墓石をいじって、金縛りにあっているのは、思わず笑ってしまいます。
相談者の方が霊能者に相談に行った時に、ガンになると言った霊能者も、こういうことをしていると、自分にしっぺ返しが来ます。低級霊に憑かれているのでしょう。
私たち人間は、どんなにお金を持っても権力をもっても、霊界から見ると無防備なちっぽけな存在でしかないということを心に留める必要があります。
霊界から憑依して攻撃しようと思ったら攻撃し放題です。
向こうからの攻撃が届かないようにするには、日々神の教えに沿って生きて、神の守護をうけることです。
正しい心で生きて正しい波動であれば、相応の守護神が守護してくださるので、攻撃を防御できるというわけです。
神の教えに沿って生きるということは、他人の不幸を笑ったりしてはいけないということなのですが、私は、どうしても今日のような事例をみると笑ってしまいます。まあ、かなり高い悟りを開いた方はともかく、多くの方は、溜飲が降りるのではないでしょうか。それが人間というものです。
せめて、人の振り見て我が振り直せ、ということで、笑うなら自分だけで笑う、他人の前ではそういう素振りを見せない、他人の失敗を教訓に、自分は謙虚に生きる、ということを心がけたいと思います。
