「柘榴坂の仇討」
(ざくろざかのあだうち)
2014年9月20日公開。
浅田次郎の短編小説の映画化。
興行収入:6億4400万円。
原作:浅田次郎「柘榴坂の仇討」
脚本:高松宏伸、飯田健三郎、長谷川康夫
監督:若松節朗
キャスト:
- 志村金吾 - 中井貴一
- 佐橋十兵衛(直吉) - 阿部寛
- 志村セツ - 広末涼子
- 内藤新之助 - 髙嶋政宏
- マサ - 真飛聖
- 財部豊穂 - 吉田栄作
- 稲葉修衛門 - 堂珍嘉邦
- 小野寺覚馬 - 近江陽一郎
- ユキ - 木﨑ゆりあ
- 本多昌衛門 - 津嘉山正種
- 秋元和衛 - 藤竜也
- 井伊直弼 - 中村吉右衛門
あらすじ:
彦根藩の下級武士・志村金吾(中井貴一)は、家中随一の剣術の腕を認められ、藩主である大老・井伊直弼(中村吉右衛門)の近習に取り立てられる。
直弼の人柄に惚れ込んだ金吾は、命に代えても直弼に仕えることを誓った。
しかし、安政七年三月三日、江戸城桜田門外で大老の井伊直弼が襲撃され、殺害される。
その騒動の際、金吾は下手人・佐橋十兵衛(阿部寛)を追いかけ行列を離れてしまい、その間に直弼は水戸浪士たちに討ち取られてしまう。
主君を守れなかった大罪を犯した金吾に対し、彦根藩は打ち首の処罰を考えた。
だが、金吾の罪を背負い自害した両親に免じて打ち首を取り下げ、その代わりとして「水戸浪士たちを討ち、直弼様の墓前に首を供えよ」と命じる。
仇を探し全国を歩き回る金吾だったが、水戸浪士たちは見つからず、金吾は切腹を願い出るが「ご下命の撤回はない」と家老に言い渡される。
失意に沈む金吾だったが、妻のセツ(広末涼子)に支えられ仇討のため水戸浪士たちを探し続ける。
桜田騒動から13年が過ぎた明治六年。
既に彦根藩は存在せず、新政府の改革により武士も姿を消していた。
しかし、金吾は13年前の命令を果たすため、ひたすら仇を探し続けていた。
桜田騒動に関わった水戸浪士たちも江戸から明治へと時代が移る中で次々と死んでいき、唯一人生き残っていたのは、金吾がかつて追い詰めた十兵衛だけとなっていた。
その十兵衛は既に刀を捨て、「直吉」と名を変え車夫として生きていた。
司法省の役人となっていた金吾の親友・内藤新之助(髙嶋政宏)は、武士としての矜持を持ち続ける金吾の姿を見て力になりたいと思い、かつて水戸浪士たちの取り調べを担当した元評定所御留役の秋元和衛警部(藤竜也)に相談を持ち掛ける。
同じ武士として金吾の助力を快諾した秋元は、金吾に十兵衛の居場所を教える。
金吾は即座に十兵衛のところへ行くが、その当日・明治六年二月七日、新政府は「仇討禁止令」を布告する。
十兵衛の人力車に乗り込んだ金吾は、十兵衛が自分と同じように両親を失い孤独に生きてきたことを知る。
人力車が柘榴坂を登り切ったところで十兵衛は車を止め、「自分を討ってくれ」と願い出る。
金吾は自分の刀を与え、十兵衛に一騎討ちを願い出る。
金吾と十兵衛は一騎討ちの末にもみ合いになり倒れ込み、十兵衛は再度自分を討つように願い出る。
十兵衛を討とうとする金吾だったが、「命懸けで国を想う者を無下にするな」という直弼の言葉と「国を想う者に不当な処罰を与えれば、誰も国を想わなくなる」という秋元の言葉を思い出し、十兵衛に「新しい人生を生きてくれ」と諭し、十兵衛はその言葉を聞き泣き崩れる。
一騎討ちの後、十兵衛は自分を慕ってくれているマサ(真飛聖)とチヨの元に戻った。
一方の金吾はセツの元に向かい、これまで自分を支えてくれたことに感謝の言葉を伝え、共に家路につく。
コメント:
原作は、浅田次郎による同名短編小説。『中央公論』2002年2月号に掲載され、短編集『五郎治殿御始末』(ごろうじどのおしまつ)に収録された。
幕末の争乱の中で生き残った武士同士のこんな因縁と出会いがあったという創作だが、この小説は素晴らしい。
あの世との交流などの不可思議な小説が多い浅田次郎だが、この作品だけは、短編ながら中身の濃い、現実味のある最高の作品である。
「桜田門外の変」で警護役の主人公は敬愛する主君・井伊直弼を襲われ、一人生き残り仇を討つことを課される。
大老を暗殺し生き残った水戸浪士は身を隠し孤独な生活を送っている。
この二人の出会いと対決を心優しい女たちとともに描く。
幕末の安政7年1860年と明治5−6年1872年ー1873年の二つの時代の風景の中で主人公たちが行き来する。
最後の言葉と剣による長く息詰まる対決の中で、主人公は上司が命じる仇討の理屈から、抗議の声も聞き届けよという主君の思想に一気に転換する。
このところの理論は原作の見事さでもある。
綿雪の降雪の中で、寒椿の花が「ひたむきに生きよ」と命じている。
仇討を行おうとするサムライは直弼の籠のそばで13年立ち尽くし、また長い間、仇を討たれようとするサムライは椿の垣根のきわに座りつづけていたのだ。
原作では、その後の主人公は「この先はの、俥でも引こうと思う」「新橋のステンショを根城にする俥引きが、古俥を一輌調達してくれるそうだ。、、」となっている。
この俥引きが仇である。
侍としての誇りと覚悟という矜持をもってグローバル時代の波の中で己の運命に向き合う名もなきサムライたちの物語。
ひたむきに生きる日本人としての生き方を確認する映画だ。
道義的義務という「義」と、それに抗議する「情」の絡み合った名画となっている。
この作品の関係者のコメントが残っている。
- 浅田次郎「私は小説でもエッセイでも必ず書き終えたものを音読して、読者が読みやすいように句読点や改行の場所などをチェックしていく、、50枚だと30分」くらいかかる、、、その30分に映像を加味していくと、ちょうど90分くらいの長さにはなるのかもしれません。」(確かに原作の言葉に映像が挟まっているという感じの映画になっている)
- 若松節朗監督「世直しの映画を作りませんか?」
- 中井貴一「日本人の持つDNAとして、そこにこだわって演じたい」「僕は”日本”というものにこだわった方がいいんじゃないかと思うようになりました。また、そういう人間を育てていくことが、これから日本人が世界で生き残っていく一番近道なのかもしれません。」
井伊直弼とは、どんな人か。
江戸幕府の最期の大老となった人物(1815-1860年。享年46歳)だが。
彦根藩の士の子として生まれ、32歳で兄の死去に伴って世継ぎとなり、藩主の死去によって36歳で藩主となる。
1858年安政5年に大老に就任。
通商条約を迫るアメリカに対処するため、強いリーダーシップを発揮する。
条約締結に際し天皇の勅許を得ようとするが、調印推進派により調印がなされてしまう。
このため反対派からの非難にあうが、関係者を弾圧する。これが安政の大獄である。安政7年1860年には恨みを買って桜田門外で暗殺される。風流人で、時代を代表する茶人でもあった。
兄が若死にしなければ、城主にはなれなかったはず。
幕末の世でなければ、江戸幕府の実質的な施政者などになることはなかったはず。
米国からの激しい圧力がなければ、桜田門で殺害されることなど絶対になかっただろう。
こんな不運な人物は日本史上ほかには見当たらない。
武家社会の末裔を演じる中井貴一と阿部寛。
江戸時代まで続いた封建主義社会で最も辛い思いをしたのは、農民や町民ではなかったかも知れない。
何があっても主君を敬い、守らねば泣かないという鉄の掟によって一生を棒に振った侍たちはたしかに多かったのではないだろうか。
赤穂浪士しかり、幕末の志士たちしかりである。
この映画で訴えているのは、忌まわしい武家社会が残した数々の不祥事とそのために散って行った多くの人々への鎮魂の想いである。
仇討禁止令の当日に、敵と巡り合った最悪の運命の下で、切り結んだ十兵衛と金吾。
彼らこそ、ラストサムライだ。
そんな悲しい運命の中で、最後はお互いの新たな人生を歩むことになった二人の侍。
明治維新が残した数々の功績のひとつと言えるのではなかろうか。
二人が斬り合った場所は、江戸の町にある柘榴坂という場所だった。
柘榴坂は、現在の東京都港区高輪三丁目と四丁目の境界に存在する坂。
品川駅高輪口から第一京浜を挟んで、まっすぐ西側に上る道である。
坂の途中には、グランドプリンスホテル新高輪がある。
2014年という平成末期に製作されたこの映画は、極めて意義深い作品になった。
浅田次郎が著した多くの短編小説の中で、最も深みのあるものだ。
この映画のダブル主演を務めた、志村金吾役の中井貴一と、佐橋十兵衛役の阿部寛。
二人とも現在の邦画界におけるトップ俳優だが、この作品は二人にとっても役者冥利に尽きる名作だろう。
2021年に鬼籍に入った中村吉右衛門が、井伊直弼を演じてこの映画を引き締めている。
金吾の妻・セツを演じた広末涼子のひたむきな姿が印象的である。
この人は、デビュー当時は可愛らしいと大人気になったアイドル女優だった。
だが、本作においてはもう立派な演技派女優として武士の妻を演じている。
素晴らしい。
本作後も、多くのドラマや映画に出演する大活躍の毎日だった。
ところが、2023年に不倫疑惑を『週刊文春』が報じ、芸能活動を中止し、世間をあっと言わせた。
その後立ち直り、個人事務所を立ち上げたようだが、まだドラマ、映画、cmなどへの復帰はかなわない様だ。
ぜひ近いうちに復帰して元気な姿を見せて欲しいものだ。
阿部寛扮する十兵衛を慕っているマサを演じている真飛聖。
この人の名は、「まとぶ せい」と読む。
宝塚の花組トップスターだった女優である。
松坂桃李主演の『娼年』、草なぎ剛主演の『ミッドナイトスワン』といった異色映画にも出演しており、テレビドラマでも大活躍している。
往年の名優・藤竜也は、元評定所御留役の秋元和衛警部を演じている。
当時すでに73歳で、2024年現在も82歳で現役だ。
2023年10月1日、第71回サン・セバスティアン国際映画祭・コンペティション部門で、最優秀主演賞(『大いなる不在』)を受賞し、12月2日、 第45回ヨコハマ映画祭 特別大賞を受賞した。
2024年5月31日、第33回 日本映画プロフェッショナル大賞で、特別功労賞(『高野豆腐店の春』)を受賞する。
こういう映画界の重鎮の姿は作品に深みを与える貴重な存在となっている。
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