「ジャズ・ミー・ブルース」
(原題:Bix)
1990年公開。
伝説のコルネット奏者・ビックスを描くジャズ満載の名作。
脚本:プピ・アヴァティ、アントニオ・アヴァティ
監督:プピ・アヴァティ
キャスト:
ビックス:ブライアント・ウィークス
バーニー:マーク・コルヴァー
ジョー:エミール・レヴィゼッティ
ライザ:サリー・グロス
あらすじ:
1931年、天才的コルネット奏者ビックス(ブライアント・ウィークス)の死から2カ月後、彼の兄バーニー(マーク・コルヴァー)がニューヨークにやってくる。
彼は、ビックスが生前、結婚相手として家族に送ってきた写真の少女を捜し出そうとしていた。
ビックスの友人だったジョー(エミール・レヴィゼッティ)は、その少女、機械工のイタリア娘ライザ(サリー・グロス)を見つけ出す。
ライザを説得して一緒にダヴェンポート行きの汽車に乗ったジョーは、彼女が1度もビックスに会ったことがないという話を聞き、ビックスについて語り始める…。
1924年、ビックスとジョーは初めて出会った。
ビックスは譜面が読めなかったが、その耳とアレンジの才能はずば抜けていた。
学生時代にコルネットを始めた彼はやがてバンドを結成、ニューヨークで成功をおさめる。
しかし、ビックスの両親は決してそれを認めず、さらに仲間の死も災いして、ビックスは深い孤独の中で酒に溺れていく。
アル中になり、退院と入院の繰り返し。うちひしがれた彼は、長い間拒み続けてきた家族に許しを乞う想いを込めて、美しいピアノ曲をレコードに吹き込み、故郷へ送った。
そして、ジョーと一緒に行った写真館で1枚の少女の写真を買い、家族のもとへ送った。
その写真の少女がライザだったのだ。
ビックスが死んだのは、それから数日後だった…。
ダヴェンポートで、迎えに来ていたビックスの母と抱き合うライザ。
ビックスが愛用していたピアノの上には、家族とビックスの写真、そしてライザの写真が飾られているのだった
コメント:
実在した天才コルネット奏者ビックス・バイダーベックの半生を描いた伝記映画である。
若いころはジャズ・ミュージシャンだったプピ・アヴァティ監督が、彼のあこがれだった米国の天才音楽家を描いている。
原題の「Bix」は、主人公のニック・ネーム「ビックス」だ。
日本語タイトルの「ジャズ・ミー・ブルース」は、ジャズの名曲の名前。
この映画の48分経過時点から流れる曲である。
全編にわたってジャズが流れている。
最高だ!
天才コルネットのジャズマンの在りし日の様子が描かれていて、感動の寸簡が何度も!
こういうジャズの世界があったのだと、初めて気付ける名作である。
モデルとなっているのは、レオン・ビスマルク "ビックス" バイダーベック (Leon Bismark "Bix" Beiderbecke, 1903年3月10日 – 1931年8月6日)。
この人は、アメリカの実在したジャズ・コルネット奏者、ピアニスト、作曲家。
ルイ・アームストロングと並んで、1920年代の最も影響力のあるソロイストであった。
特に1927年の『Singin' the Blues』『I'm Coming, Virginia』は音色の純粋さ・即興演奏の才能を証明している。
この2曲はジャズのバラード・スタイルを発明し、1950年代のクール・ジャズのヒントになった。
1927年のピアノ曲『In a Mist』はクラシックの印象派(クロード・ドビュッシー(1862年 - 1918年 フランス) モーリス・ラヴェル(1875年 - 1937年 フランス) ジャック・イベール(1890年 - 1962年 フランス) オットリーノ・レスピーギ(1879年 - 1936年 イタリア) フレデリック・ディーリアス(1862年 - 1934年 イギリス) カロル・シマノフスキ(1882年 - 1937年 ポーランド) マヌエル・デ・ファリャ(1876年 - 1946年 スペイン)など)とジャズのシンコペーションを融合した。
直接的にビング・クロスビーに、間接的にフランキー・トランバウアーとレスター・ヤングに影響を与えた。
アイオワ州ダヴェンポート生まれ。独学でコルネットを習得、独自の指使いをした。
この映画は、YouTubeで全編無料視聴可能。
日本語字幕付き。