イタリア映画 「ルートヴィヒ」 ヴィスコンティの「ドイツ三部作」最終作! | 人生・嵐も晴れもあり!

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「ルートヴィヒ」

(原題:Ludwig

 

Ludwig (1972) – The Ark of Grace

 

「ルートヴィヒ」 予告編

 

1972年12月29日公開。

『地獄に堕ちた勇者ども』『ベニスに死す』に続くヴィスコンティの「ドイツ三部作」の最終作。

 

脚本:ルキノ・ヴィスコンティ、エンリコ・メディオーリ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ

監督:ルキノ・ヴィスコンティ

 

キャスト:

ルードウィヒ:ヘルムート・バーガー

エリザベート:ロミー・シュナイダー

リヒャルト・ワグナー:トレヴァー・ハワード

ソフィー:ソニア・ぺトロヴァ

オットー王子:ジョン・モルダー・ブラウン

デュルクハイム大佐は:ヘルムート・グリーム

コジマ:シルヴァーナ・マンガーノ

グッデン:ハインツ・モーグ

 

LUDWIG / LE CREPUSCULE DES DIEUX, 1972 directed by LUCHINO VISCONTI Sonia  Petrova and Helmut Berger' Photo | Art.com | Luchino visconti, Visconti,  Film posters vintage

 

あらすじ:

1864年、18歳のルードウィヒ(ヘルムート・バーガー)は、父の後を継いでバイエルンの国王となった。

ミュンヘンの城での戴冠式は、盛大に行なわれ、若い繊細な心を持った王が誕生した。

ルードウィヒは、オーストリア皇帝の妃である従姉のエリザベート(ロミー・シュナイダー)を慕っており、公的な生活から解放されると、エリザベートと共に野山を馬で走り、音楽や詩について語り合った。

彼はまた、作曲家リヒャルト・ワグナー(トレヴァー・ハワード)に心酔しており、彼のパトロンとなって莫大な費用をかけ、歌劇“トリスタンとイゾルデ”の上演を実現させたりした。

このルードウィヒのワグナーへの財政的援助は、しかし、人々の非難を呼びおこしていた。

この現実逃避に傾斜してゆくルードウィヒの心を誰よりも見ぬいているのはエリザべートだった。

彼女はルードウィヒが彼女を慕っていることも承知で、自分の妹ソフィー(ソニア・ぺトロヴァ)を婚約者として彼に勤めた。1866年、プロイセンとオーストリアとの兄弟戦争で、オーストリアの盟友としての参戦を拒んだルードウィヒは、戦場に赴かず、べルクの城にこもっていた。

弟のオットー王子(ジョン・モルダー・ブラウン)は、戦場から焦悴しきって戻って来た。

そして、忠実な臣下デュルクハイム大佐は(ヘルムート・グリーム)は、気ままな生活をおくるルードウィヒに現実の辛さを説くのだった。

それから間もなくソフィーとの婚約を受け入れたルードウィヒは、しかし、すでにエリザべート以外の女性ヘの興昧は失せており、むしろ、美しい青年に心惹かれだしていた。

結局はソフィーとの婚約は解消した。

そのころ、ビスマルクが提唱していた“大ドイツ統一”が実現することになり、バイエルン王国もそれに加盟することを余儀なくされた。

オットー王子が精神に異常をきたすなど辛いことが重なっていたルードウィヒとはうらはらに、かねてから噂になっていた、リストの娘でワグナーのお抱え指揮者の妻であったコジマ(シルヴァーナ・マンガーノ)を夫人に迎えていたワグナーはコジマの誕生パーティを祝ったり、二人の間の子ともども幸せな生活を送っていた。

今やルードウィヒに残されたものは、莫大な国財で造らせた三つの城だけだった。

孤独にさいなまれた彼はウィーンから役者を招いて、城に造った洞窟で日夜詩を暗誦させたりしていた。

この荒んだ王の生活を見かねた有力な貴族たちは、会議を開き、国王廃位を計った。

査問委員会を設け、国王に近しい臣下たちから“ご乱心”を立証する証言をひきだし、精神科医グッデン(ハインツ・モーグ)が偏執狂と診断した。

ルードウィヒはノイシュヴァンシュタインを追われ、べルクの城で幽閉生活を強いられた。

ある日、グッデンを供に連れて庭園の散歩に出かけたルードウィヒは、その夜、湖で溺死体となって発見された。

1886年のことである。

グッデンを道連れにした自殺だと言われているが、その真相は明らかにされていない。

 

LUDWIG DI VISCONTI E I SIMBOLI DELL'INFINITO NEGATO - Polisemantica

 

コメント:

 

時代は19世紀、若くしてバイエルンの国王となったルードウィヒが国家から退位を強いられ40歳で謎の死をとげるまでの狂気ともいえる孤独な半生を描く。

 

最初に日本公開された際の邦題は『ルードウィヒ/神々の黄昏』で上映時間184分。後に237分の復元版も製作された。

 

『地獄に堕ちた勇者ども』『ベニスに死す』と並ぶ「ドイツ三部作」の最終作である。

バイエルン王ルートヴィヒ2世の即位から死までを史実に沿った形で描く歴史大作。

 

中期以降のヴィスコンティ作品に見られる絢爛豪華な貴族趣味を極限まで高めた作品である。

孤独を好むルートヴィヒ2世の理知と狂気、独善的な芸術家ワーグナーとの不安定な繋がりや、従姉であるエリーザベトへの思慕やホモセクシュアルを含めた耽美的な愛憎劇も織り込まれた非常に重厚な作品となっている。

 

1972年のルキーノ・ヴィスコンティ監督作品。

実在したバイエルン国王ルートヴィヒ2世の伝記映画である。

ワーグナーのパトロンだった国王の『狂気と孤独』をヴィスコンティは描いている。

何かを埋めようとした故の、行き過ぎた芸術信仰、浪費、奇行。

挙句の果てに城に引きこもり、最期は謎の溺死を遂げる。

孤独に蝕まれ、愛に飢えた彼の一生は、現代の日本人にも響くものがある。

 

ヴィスコンティの最高傑作。

ヘルムート・バーガー、ロミー・シュナイダー以外にこの役を演れる俳優はいない。

何回でも観たい大傑作である。

 

長期に亘った撮影中にヴィスコンティは病いに倒れるが、ハードなリハビリを乗り越え、奇跡の復帰を遂げて完成させたと言われる。

ただし左半身の後遺症は生涯残ることとなった。

そのような、まさに執念で作られたこの映画は、当初およそ4時間もの作品であったが、配給会社から「長すぎる」とのクレームを付けられ、止む無くヴィスコンティ自身の手によって約3時間に、さらに第三者によって約140分に短縮させられた。

だが、1980年にはヴェネツィア国際映画祭において、ヴィスコンティの当初の意図に限りなく近いとされる4時間版が初めて公開され、さらに1995年には、劣化したオリジナル・ネガの修復が行われた。

この作業は漸進的に行われた。

 

ドイツ三部作の中では、主演以下、もっとも多くドイツ圏の俳優を起用しており、題材に沿い演者自身の声を多く用いたドイツ語版も存在するが、日本など多くの国ではイタリア語版で公開、販売(DVDなどの場合は第一言語として)されている。

脚本家も全員イタリア人であり、米国を舞台にして英米人俳優を多く起用したイタリア娯楽映画(ホラー、西部劇など)とは作品性質も異なることから、通常はこちらのほうをオリジナルとして扱うことが多い。

なおヘルムート・バーガーのイタリア語は、俳優のジャンカルロ・ジャンニーニによる吹き替えである。

 

日本では、制作から8年を経てヴィスコンティ没後4年目の1980年、ヴィスコンティ編集版(3時間版)が 『ルードウィヒ/神々の黄昏』 の邦題で公開され、多大な反響を巻き起こした。

日本でのヴィスコンティ人気は 『山猫』 などの貴族映画に重きを置かれる傾向にあり、この作品はそうした流れに決定的な影響を与えた。

復元版は2006年に 『ルートヴィヒ【完全復元版】』 と題して、ヴィスコンティの生誕百年祭特集として公開された。

なお、邦題は当初、『神々の黄昏』 が副題として用いられていた。

これは言うまでもなくワーグナーの楽劇 『ニーベルングの指環』 の章題であり、ワーグナーとの交流を強調するために用いられていたが、近年では原題にない言葉であるため用いられていない。

 

この映画は、ゲオでレンタル可能: