「日の名残り」
(原題:The Remains of the Day)
1993年11月5日公開。
ノーベル賞受賞作家・カズオ・イシグロの作品を映画化。
英国の名門家に一生を捧げてきた老執事が自身の半生を回想する物語。
興行収入:23,237,911米ドル。
原作:カズオ・イシグロ
脚本:ルース・プラワー・ジャブバーラ、ハロルド・ピンター
監督:ジェームズ・アイヴォリー
キャスト:
- ジェームズ・スティーヴンス - アンソニー・ホプキンス
- ミス・ケントン - エマ・トンプソン
- ダーリントン卿 - ジェームズ・フォックス
- ルイス - クリストファー・リーヴ
- ウィリアム・スティーヴンス(スティーヴンスの父親) - ピーター・ヴォーン
- カーディナル(ダーリントン卿が名付け親になった青年) - ヒュー・グラント
- スペンサー - パトリック・ゴッドフリー
- デュボン・ディブリー - マイケル・ロンズデール
- ネヴィル・チェンバレン(英国首相) - フランク・シェリー
あらすじ:
1958年の英国。
オックスフォードのダーリントン・ホールは、前の持ち主のダーリントン卿(ジェームズ・フォックス)が亡くなり、アメリカ人の富豪ルイス(クリストファー・リーヴ)の手に渡っていた。
かつては政府要人や外交使節で賑わった屋敷は使用人もほとんど去り、老執事スティーヴンス(アンソニー・ホプキンス)の手に余った。
そんな折、以前屋敷で働いていたベン夫人(エマ・トンプソン)から手紙をもらったスティーヴンスは彼女の元を訪ねることにする。
離婚をほのめかす手紙に、有能なスタッフを迎えることができるかもと期待し、それ以上にある思いを募らせる彼は、過去を回想する。
1920年代。
スティーヴンスは勝気で率直なミス・ケントン(後のベン夫人)をホールの女中頭として、彼の父親でベテランのウィリアム(ピーター・ヴォーン)を執事として雇う。
スティーヴンスはケントンに、父には学ぶべき点が多いと言うが老齢のウィリアムはミスを重ねる。
ダーリントン卿は、第一次大戦後のドイツ復興の援助に力を注ぎ、非公式の国際会議をホールで行う準備をしていた。
会議で卿がドイツ支持のスピーチを続けている中、病に倒れたウィリアムは死ぬ。
36年、卿は急速に反ユダヤ主義に傾き、ユダヤ人の女中たちを解雇する。
当惑しながらも主人への忠誠心から従うスティーヴンスに対して、ケントンは卿に激しく抗議した。
2年後、ユダヤ人を解雇したことを後悔した卿は、彼女たちを捜すようスティーヴンスに頼み、彼は喜び勇んでこのことをケントンに告げる。
彼女は彼が心を傷めていたことを初めて知り、彼に親しみを感じる。
ケントンはスティーヴンスへの思いを密かに募らせるが、彼は気づく素振りさえ見せず、あくまで執事として接していた。
そんな折、屋敷で働くベン(ティム・ピゴット・スミス)からプロポーズされた彼女は心を乱す。
最後の期待をかけ、スティーヴンスに結婚を決めたことを明かすが、彼は儀礼的に祝福を述べるだけだった。
それから20年ぶりに再会した2人。
孫が生まれるため仕事は手伝えないと言うベン夫人の手を固く握りしめたスティーヴンスは、彼女を見送ると、再びホールの仕事に戻った。
コメント:
原作となっているのは、小説「日の名残り」。
この作品の原題は、「The Remains of the Day」。
直訳すると、「あの時代の名残り」という感じ。
英国の華麗なマナーハウス(中世に端を発する貴族や富裕階級の邸宅)を舞台に、執事と女中頭との間に芽生える淡い恋心を織り交ぜながら、古き良き時代への憧憬を綴った名作である。
アカデミー賞では、主演男優賞、主演女優賞、美術賞、衣装デザイン賞、監督賞、作曲賞、作品賞、脚本賞の8部門にノミネートされた。
この本は、1989年にイギリスで出版され、同年のブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの小説である。
ブッカー賞は、日本ではなじみのないものだが、世界的に権威のある文学賞の一つで、「the Booker」などの通称もあるようだ。
その年に出版された最も優れた長編小説に与えられるという。
選考対象は、イギリス連邦およびアイルランド、アメリカ国籍の著者によって英語で書かれた長編小説に与えられる賞とのこと。
カズオ・イシグロは日本人だが、5歳の時に両親と共に渡英して、英国の大学、大学院を卒業している。
作家デビューの直前に国籍を英国籍に変えたといわれている。
この映画の語り手である執事・スティーブンスの元主人は、第二次世界大戦前における対独宥和主義者だが、スティーブンスはその点を意図的にぼかしているようだ。
また女中頭のミス・ケントンとの淡いロマンスについても回想の中で理想化されている。
物語は、主人公であるスティーブンスという大邸宅の執事の語りによって展開して行く。
1956年の「現在」と、1920年代から1930年代にかけての回想シーンとを往復する形で進められる。
第二次世界大戦が終わって数年が経った「現在」を舞台として始まっている。
英国のオクスフォードシャーにそびえたつ大邸宅ダーリントンホールで忙しそうに振る舞う主人公の執事スティーブンスと新しい主人との会話と共に進行する。
執事であるスティーブンスは、新しい主人であるアメリカ人の富豪ファラディ氏の勧めで、イギリス西岸のクリーヴトンへと小旅行に出かけることになる。
前の主人ダーリントン卿の死後、親族の誰も彼の大邸宅ダーリントンホールを受け継ごうとしなかったが、それをアメリカ人の富豪ファラディ氏が買い取ったのだった。
ダーリントンホールでは、深刻なスタッフ不足を抱えていた。
なぜなら、ダーリントン卿亡き後、屋敷がファラディ氏に売り渡される際に熟練の召使たちが辞めていったからだ。
人手不足に悩むスティーブンスのもとに、かつてダーリントンホールでともに働いていたベン夫人(旧姓ミス・ケントン)から手紙が届く。
彼女からの手紙には、現在の悩みとともに、昔を懐かしむ言葉が書かれていた。
ミス・ケントンは、以前このお屋敷で優秀な女中頭として、スティーブンスと共に働いていた。
もし彼女に職場復帰してもらうことができたならば、人手不足が一挙に解決する。
そう考えたスティーブンスは、彼女に会うために、ファラディ氏の勧めに従い、旅に出ることを思い立つ。
しかし、彼には、もうひとつ解決せねばならぬ問題があった。
それは、彼女がベン夫人ではなく、旧姓のミス・ケントン時代からのものだったのだ。
旅の道すがら、スティーブンスは、ダーリントン卿がまだ健在で、ミス・ケントンとともに屋敷を切り盛りしていた時代を思い出していた。
ここで、物語は1930年代に一気に遡る。
今は過去となってしまった時代、スティーブンスが心から敬愛する主人・ダーリントン卿は、イギリスの首相や大臣を屋敷に招待して政治の話ができる人物だった。
毎日のようにイギリスや欧州各国の要人が出入りするお屋敷で、スティーブンスの執事の仕事は早朝から深夜まで休む暇なく続く多忙なものだった。
主人であるダーリントン卿の身の回りのお世話、おおぜいの客人の接待、女中やコックなどの召使たちの管理、仕事の指示など、息つく暇もない毎日の中で、スティーブンスは優秀な執事として、客人からも高く評価されていた。
しかし、仕事一辺倒の彼には、ミス・ケントンという密かに思いを寄せる存在があった。
スティーブンスが、ミス・ケントンと会話しながら歩くシーンがなかなか良い感じだ。
二人の距離はなかなか縮まらない。
最も近づいたシーンは、ミス・ケントンがスティーブンスの読んでいる本をのぞき込もうとするこの場面:
だが、スティーブンスはその本を見せたがらない。
自分の心の内を彼女に見せようとはしないのだ。
いつまでたっても進展しそうもない彼の態度に、ミス・ケントンは我慢の限界を超えてしまい、他の男性との結婚を決意し、お屋敷から去って行ってしまった。
ダーリントン卿は、ヨーロッパが再び第一次世界大戦のような惨禍を見ることがないように、戦後ヴェルサイユ条約の過酷な条件で経済的に混乱したドイツを救おうと、ドイツ政府とフランス政府・イギリス政府を宥和させるべく奔走していた。
これは、宥和政策という名称で知られるもので、イギリスのチェンバレン首相が、1938年のミュンヘン会談でとった、ナチス・ドイツの勢力拡大を一定程度認めて平和を維持しようとした外交基本姿勢だ。
外交上の譲歩によって戦争を極力避けて平和を維持しようという政策であった。
このような国際政治がお屋敷内で展開している場面をスティーブンスは目の当たりにしていたのだ。
やがて、ダーリントンホールでは、秘密裡に国際的な会合が繰り返されるようになったが、次第にダーリントン卿は、ナチス・ドイツによる対イギリス工作に巻き込まれていった。
再び1956年。
スティーブンスは久しぶりにミス・ケントンと再会した。
彼女にお屋敷の仕事への復帰の可能性を打診しますが、彼女の家庭の事情と彼女自身の気持ちを聞き、断念した。
そして、雨の中で、スティーブンスとミス・ケントンは、永の別れを交わしたのでした。
雨の中、スティーブンスとミス・ケントンが別れの言葉を交わすシーンは泣ける!
彼女への永年の想いを払しょくしたスティーブンスは、不遇のうちに世を去ったかつての主人や失われつつある伝統に思いを馳せ涙を流すが、やがて前向きに現在の米国人の主人に仕えるべく決意を新たにしていた。
最後まで英国のジェントルマンの姿勢を崩さないホプキンスの名演が光る。
大英帝国と呼ばれた長期の英国王朝の下で培われた由緒ある歴史と文化を感じさせる。
だが、世界トップクラスの存在であった英国は、第二次世界大戦後には、主役の座を米国に譲らざるを得なくなって行った。
「日の名残り」は、まさに、あの日の栄光への邂逅の念を多くの英国人たちに想起させる作品といえるのではないか。
本作で主人公を熱演したのは、英国を代表する名優・アンソニー・ホプキンスだ。
ご存じの通り、この人は長年にわたって映画界で多くの作品に出演し、数々の映画賞を獲得している、85歳の現在も現役の役者である。
代表作は、『冬のライオン』(1968年)、『マジック』(1978年)、『エレファント・マン』(1980年)、『バウンティ/愛と反乱の航海』(1984年)、『羊たちの沈黙』(1991年)、『ハワーズ・エンド』(1992年)、『ドラキュラ』(1992年)、『永遠の愛に生きて』(1993年)、『ニクソン』(1995年)、『アミスタッド』(1997年)、『ハンニバル』(2001年)、『レッド・ドラゴン』(2002年)、『マイティ・ソー』シリーズ、『ヒッチコック』(2012年)、『2人のローマ教皇』(2019年)、『ファーザー』(2020年)。
ミス・ケントンを熱演しているのは、英国を代表する女優・脚本家のエマ・トンプソンである。
5度のアカデミー賞ノミネート経験があり、1993年に『ハワーズ・エンド』でアカデミー主演女優賞を、1995年の『いつか晴れた日に』でアカデミー脚色賞を受賞した。
『ハリー・ポッター』シリーズでも、シビル・トレローニー役で起用されている、おなじみの顔だ。
この人は、シティ・オブ・ウェストミンスターのパディントン出身。
父親は俳優・舞台監督のエリック・トンプソン、母親はスコットランド出身女優のフィリダ・ロウ、妹も女優のソフィー・トンプソンという芸能一家である。
2018年6月に女優としてのキャリアが評価され、大英帝国勲章第2位のDBEを叙勲し、女性の騎士号Dame(デイム)を冠することを許された。
原作者のカズオ・イシグロとは、正真正銘の日本生まれの日本人である。
英国の栄光ある過去と現代とを見事に英語で再現し、英国人に「ブッカー賞」(1989年)、そして「ノーベル賞」(2017年)を授与された。
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