「いのちぼうにふろう」
1971年9月11日に公開。
江戸のならず者たちの豪快な生き様と破滅を描いた異色作。
原作:山本周五郎「深川安楽亭」
脚本:隆巴
監督:小林正樹
音楽:武満徹
キャスト:
- 定七:仲代達矢
- おみつ:栗原小巻
- 富次郎:山本圭
- おきわ:酒井和歌子
- 幾造:中村翫右衛門
- 与兵衛:佐藤慶
- 由之介:岸田森
- 源三:草野大悟
- 文太:山谷初男
- 政次:近藤洋介
- 仙吉:植田峻
- 八丁堀同心・金子:神山繁
- 八丁堀同心・岡島:中谷一郎
- 灘屋の小平:滝田裕介
- 男:勝新太郎
あらすじ:
その「島」は四方を堀に囲まれていた。
その千坪ばかりの荒れ地は「島」と呼ばれ、島と街を結ぶ唯一の道は深川吉永町にかかっている橋だけである。
安楽亭は、その島にぽつんと建っていて、ここには一膳飯屋をしている幾造(中村翫右衛門)、おみつ(栗原小巻)父娘に、定七(仲代達矢)、与兵衛(佐藤慶)、政次(近藤洋介)、文太(山谷初男)、由之助(岸田森)、仙吉(植田峻)、源三(草野大悟)が抜荷の仕事をしながら住んでいた。
安楽亭は悪の吹き留りであり、彼らは世間ではまともに生きることのできない無頼漢だ。
一つ屋根の下に寄り集まりながら他人には無関心であり、愛情に飢えながらその情さえ信じない。
ある日、男たちに灘屋の小平(滝田裕介)から抜荷の仕事が持ち込まれた。
和蘭陀や唐から禁制品を積んだ船が中川へ入る。
定七らが小舟で抜荷した品物は安楽亭に隠匿し灘屋が客に応じて運びだす。
だが定七は小平に疑惑を抱いていた。
前回の仕事で小平が手引きした時、仲間が二人殺されている。
しかも、新任の八丁堀同心・岡島(中谷一郎)と金子(神山繁)が安楽亭探索に血眼だ。
そんな時、定七と与兵衛は街で無銭飲食の果てに袋叩きにあっていた質屋の奉公人・富次郎(山本圭)を助けてきた。
富次郎は幼馴染みのおきわ(酒井和歌子)と夫婦になろうとしていた。
ところが、おきわの母親が急死すると、怠け者の父親は娘を女衒の権六に十二両で売りとばしてしまった。
思いあまった富次郎は店の金を盗み、おきわを捜し廻ったが目的の果たさぬうち持ち金を使ってしまったという。
数日後、与兵衛がおきわの無事を知らせてきたが、身代金として二十両要るという。
富次郎は、命を捨てても自分の力でおきわを助け出そうとした。
安楽亭の無頼漢たちは、自分が人助けをする柄でないと思う。
しかし、抜荷は自分たちがやらなくても誰かが運ぶだろう。
だが、おきわは彼らが助けなければ救い手がない。
安楽亭の荒らくれたちは自分たちにはなかった夢を若者に託し、その愛を実らせようと、身の危険を冒して灘屋小平からの話を引受けた。
しかし、彼らの行動を知っていたかのように、十三夜の月が川面を照らす中を抜荷を積んで安楽亭を目指す二艘の小舟を、捕手の群れが待ち受けていた。
一方、以前この無法地帯にぶらりと入ってきて住みついた男(勝新太郎)が、富次郎に二十両を手渡した。
昔、木場の材木屋にいたその男は、帳場に穴をあけて追われ、五年ぶりに江戸に帰ったが、その間妻子は生活苦で死んでいた。
金のために妻子を死なせてしまった男は金を呪っていた。
一方定七は満身に傷を負い一人捕手の群れを逃れて安楽亭にたどりついたが、それを追うように御用提灯の波が島を包囲した。
コメント:
原作は、山本周五郎の短編小説『深川安楽亭』。
抜け荷(密貿易)の拠点、深川安楽亭にたむろする命知らずの無頼な若者たちが、恋人の身請金を盗み出して袋叩きにされたお店者に示す命がけの無償の善意を、不気味な雰囲気をたたえた文章のうちに描いた作品である。
映画は、昭和四十四年七月、黒澤明、木下恵介、市川崑監督と共に「四騎の会」を結成した小林正樹監督が、ならず者の世界に材を得て放つ時代劇。
脚本は、仲代達矢夫人で女優の宮崎恭子が隆巴(りゅう・ともえ)のペンネームで執筆した。
19世紀の江戸。公権力から目をつけられた密輸業者の男たち。
自らに課した掟にしか従わない彼等が、縁もない他人の為に身体を賭け消えていく姿を描く。
舶来品の密輸で稼いでいるならず者たちが、貧困によって引き裂かれた男女の仲を取り持つために命がけで身請け金を工面しようとする姿を描いた山本周五郎原作の時代劇。
ずっと自分本位の生き方を通してきた子悪人の連中が、男女の一途な想いに胸を打たれ命を投げ出してまで無償の愛を注ぐ姿は、観る者の琴線に触れる。
女郎に成り下がった実の母親を切り捨てて江戸に出てきたとされる仲代達矢のニヒルでストイックな男っぷりが見事。
そんな彼が時々垣間見せる優しさ、中でも溺れかけの小雀を助けたエピソードは印象に残った。
ならず者たちの溜り場である安楽亭の一人娘(栗原小巻)が仲代に惹かれるのも無理はない。
フェイクで使われる葵の御紋、日めくり代わりの地蔵たち、得体のしれない酔っ払い(勝新太郎)など映画的アクセントも効果的だ。
ラスト近くの川辺で妻子を死なせることになった罪深い欲の話を口にする勝新太郎の演技は一世一代の名演である。
その場所がかつて妻と逢引きしていた所というのが泣かせる。
ならず者たちが不幸な男女を助けた理由はある種の憧れだったのだろう。
自分たちが実現することのできなかったささやかで平和な暮らし。
それを手にする寸前に引き裂かれた恋人たちに何とか夢を叶えさせてやりたい・・・。
ならず者たちは根っからの悪人ではなく、生きている時代と生まれた場所の因縁で荒んだ暮らしぶりになっただけなのである。
弱い者へ向けられる優しい眼差しの中に小林正樹の映画人としての矜持を見た思いがする。
ならず者の世界でこんなことが実際に起こるはずはないのだが、「人の心には善性が必ずあるのだ」と信じていた山本周五郎ならではユートピア作品である。
山本周五郎は、大人向けの「おとぎ話」の創作者として随一だということだろう。
この映画は、AMAZON PRIMEで視聴可能: