「しろばんば」
1962年11月21日公開。
井上靖の自伝的小説の映画化。
原作:井上靖 「しろばんば」
脚本:木下恵介
監督:滝沢英輔
キャスト:
- 伊上洪作:島村徹
- 伊上さき子:芦川いづみ
- おぬい婆ちゃ:北林谷栄
- 母:渡辺美佐子
- 父:芦田伸介
- 先生:宇野重吉
- 曽祖母おしな:細川ちか子
あらすじ:
伊豆の山々が暗緑の暮色に沈んでゆく冬の黄昏時には、綿くずのような白い小さな生きものが浮漂し始める。
子供たちはそれを「しろばんば」と呼んだ。伊上洪作はこの白い生きものを眺めながら、曽祖父の妾だったおぬいと旧い家の土蔵で暮していた。
明日から春休みという日、洪作はおぬいから母屋の叔母のさき子が女学校を卒業して帰って来たことを聞いた。
近所の人達に囲まれたさき子の姿は、洪作にとってひどくまぶしかった。
さき子が遠く遠く離れて洪作には到底手の届きそうにもない女に思われた。
新学期になり、さき子が洪作の通う小学校の教師になると聞いたとき、彼はかすかなときめきを覚えた。
洪作はわざと教室で暴れ廊下に立たされることが多くなった。
そんな時、さき子は洪作の頭をこづいた。
だが、洪作はさき子のこうした邪険な態度にかえって落ちつくのだった。
夏休みになった。
洪作はおぬいに連れられ、豊橋の父母の家へいった。
そこで洪作は、おぬいと父母の口論から、自分が“おぬい婆ちゃの実の孫じやない”と知り悩んだ。
村では、さき子と洪作の担任の先生との噂が広がっていた。
ある夕暮れ、洪作はよりそって歩くさき子と中川の姿を見た。
さき子は洪作に気づくと彼の肩を抱き「洪ちゃんも中川先生好きでしょ」と言った。
瞬間、洪作の胸に中川に対する憎悪が湧きあがった。
「きらいだ!さき子姉ちゃもきらいだ!」
彼は二人を残して駈け出していた。
秋が去り、再び冬になった。さき子は中川に連れられ彼の任地へ去った。
二人を見送った洪作には、痩身のさき子の囲りに綿くずのような生きものが群がってゆくように思えた。
洪作がさき子の死を知ったのは、天城の斜面に初秋の風の鳴る翌年であった。
初秋の明るい陽の中に立った洪作の眼に、はなやかな色彩に満ちたはずの伊豆の風景が、何か暗い絵具で塗られたように見えるのだった。
コメント:
原作は、井上靖の自伝的作品として有名な同名長編小説ある。
『主婦の友』に1960年(昭和35年)から連載され、中央公論社から単行本として刊行されている。
題名の「しろばんば」とは雪虫のこと。
本作品の舞台であり、作者自身が幼少時代を過ごした静岡県の伊豆半島中央部の山村・湯ヶ島では、秋の夕暮れ時になればこの虫が飛び回る光景が見られた。
原作は、血の繋がらない少年・洪作とぬい婆ちゃの二人が同居する土蔵での生活を中心にして、難しい家族関係や少年が成長して行く姿を描いており、昔のややこしい4世代が同居する大世帯で起こる話が面白おかしく綴られていて実に面白い。
さらに、曾祖父の妾だったという、おぬい婆ちゃという老女の激しくもたくましい姿もしっかりと描かれている。
きっと明治、大正、昭和初期にはこんな家族があちこちに存在していたのだろうと想像できる名作である。
この長編小説を読み通して行くと、井上靖の日本の家族というものへの限りない愛情が読む者の心に沁み込んでくることが実感できる。
映画の方は、主人公の少年・洪作がさき子という女性への淡い恋心を中心にして若干趣を変えている。
芦川いづみが演じるさき子が美しく、少年の目にはまぶしく映っていて、華やかさがある日活映画的な作品になっている。
舞台となっている伊豆の、のどかな田舎の風景が美しく、見事にとらえられている。
島村はもちろん、他の子役たちの演技も活き活きしていて良い。
子どもたちが素っ裸になって堂々と道を歩いたり、川遊びをしている光景が何とも微笑ましい。
時代のおおらかさを感じる。
何といっても、主人公の少年と暮らす、おぬい婆ちゃを熱演している北林谷栄の存在感が光る作品である。
まだ50代だったはずだが、この人の老け役は本当に上手い。
運動会の競技中に乱入して少年に卵を渡そうとする。
少年に追い返されるのだが「税金ちゃんと払ってるよ!」と言い返すシーンが良い。
この場面は原作通りである。
曾祖母を演じる細川ちか子もまだぎりぎり50代だったが、やはり老け役で、上手い。
今の役者にはこういう人たちがいない。
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