「地獄変」
1969年9月20日公開。
芥川龍之介の同名短編小説を映画化。
原作:芥川龍之介「地獄変」
脚本:八住利雄
監督:豊田四郎
キャスト:
- 中村錦之助(堀川の大殿)
- 仲代達矢(絵師・良秀)
- 内藤洋子(娘・良香)
- 大出俊(弟子・弘見)
- 下川辰平(弟子・成岡)
- 内田喜郎(弟子・金茂)
- 中村吉十郎(公卿)
- 鈴木治夫(側近の者)
- 天本英世(家人)
- 大久保正信(使者)
- 音羽久米子(女房)
- 猪俣光世(小女房)
- 沢村いき雄(大史)
- 今福正雄(老人)
あらすじ:
平安朝時代。時の権力者堀川の大殿(中村錦之助)は、天才絵師の良秀(仲代達矢)に無量寿院の壁面を極楽図で飾るよう命じた。
しかし良秀は、現実を地獄より地獄的とするような絵を描き、大殿を始終憤怒させていた。
それほどにまで真実を求めてやまない良秀。
彼が情愛を寄せるのはこの世にただ一人、娘の良香(内藤洋子)だけだった。
ある日、良秀は良香と恋仲の弟子・弘見(大出俊)を破門した。
良香は嘆き悲しみ、可愛がっている猿とともに弘見の後を追った。
だが、彼女は偶然に大殿の目にとまり、所望されて小女房に上ることとなった。
大殿の使者よりそれを伝え知らされた良秀は、娘の返上を嘆願したが聞き入れられなかった。
やがて、良秀の再三の願いを入れて、大殿は彼に地獄絵を描くよう命じ、出来栄え次第で良香を返すと約束した。
良秀一生一代の大作は、大殿の栄耀栄華が招いた民衆の地獄をあまねく描き、最後に大殿が猛火に包まれて悶え苦しむ焦熱地獄絵を残すのみとなった。
本当の地獄を見ないとその真の姿が描けぬ、という良秀の願いを入れ、華麗なる檳榔毛(びろうげ)の牛車に火をかけた。
そしてその犠牲者となったのは良香だった。
やがて良秀が精根を傾けた地獄絵が完成。
大殿は、屏風絵の焦熱地獄で苦悶する自分自身を見て驚愕、その時倒した燭台の火は、やがて大殿を奈落の底に誘いこんでいった。
その時良秀はすでに自害していた。
コメント:
原作は、芥川龍之介の短編小説。
説話集『宇治拾遺物語』の「絵仏師良秀」を基に、芥川が独自に創作したものである。
この説話集は、鎌倉時代前期(建暦2年(1212年)~承久3年(1221年))成立と推定される日本の説話物語集である。
編著者は未詳。
このタイトルは、原本が伝えられていない、佚書『宇治大納言物語』(宇治大納言源隆国が編纂したとされる説話集、現存しない)から漏れた話題を拾い集めたもの、という意味である。
全197話から成り、15巻に収めている。
古い形では上下の二巻本であったようだ。
収録されている説話は、序文によれば、日本のみならず、天竺(インド)や大唐(中国)の三国を舞台とし、「あはれ」な話、「をかし」な話、「恐ろしき」話など多彩な説話を集めたものであると解説されている。
ただ、オリジナルの説話は少ないという。
1918年(大正7年)5月1日から22日まで『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』に連載され、1919年(大正8年)1月15日に新潮社刊行の作品集『傀儡師』に収録された。
この小説の書き出しは以下の通り:
堀川の大殿様のやうな方は、これまでは固より、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂に聞きますと、あの方の御誕生になる前には、大威徳明王の御姿が御母君の夢枕にお立ちになつたとか申す事でございますが、兎に角御生れつきから、並々の人間とは御違ひになつてゐたやうでございます。でございますから、あの方の為さいました事には、一つとして私どもの意表に出てゐないものはございません。早い話が堀川のお邸の御規模を拝見致しましても、壮大と申しませうか、豪放と申しませうか、到底私どもの凡慮には及ばない、思ひ切つた所があるやうでございます。中にはまた、そこを色々とあげつらつて大殿様の御性行を始皇帝や煬帝に比べるものもございますが、それは諺に云ふ群盲の象を撫でるやうなものでもございませうか。あの方の御思召は、決してそのやうに御自分ばかり、栄耀栄華をなさらうと申すのではございません。
クライマックスの直前の大殿と良秀との会話がこちら:
「檳榔毛の車にも火をかけよう。又その中にはあでやかな女を一人、上の装をさせて乗せて遣はさう。炎と黒煙とに攻められて、車の中の女が、悶え死をする――それを描かうと思ひついたのは、流石に天下第一の絵師ぢや。褒めてとらす。おゝ、褒めてとらすぞ。」
大殿様の御言葉を聞きますと、良秀は急に色を失つて喘ぐやうに唯、唇ばかり動して居りましたが、やがて体中の筋が緩んだやうに、べたりと畳へ両手をつくと、
「難有い仕合でございまする。」と、聞えるか聞えないかわからない程低い声で、丁寧に御礼を申し上げました。
そして、クライマックスシーンがこれ:
「よう見い。それは予が日頃乗る車ぢや。その方も覚えがあらう。――予はその車にこれから火をかけて、目のあたりに炎熱地獄を現ぜさせる心算ぢやが。」
大殿様は又言を御止めになつて、御側の者たちにせをなさいました。それから急に苦々しい御調子で、「その内には罪人の女房が一人、縛めた儘、乗せてある。されば車に火をかけたら、必定その女めは肉を焼き骨を焦して、四苦八苦の最期を遂げるであらう。その方が屏風を仕上げるには、又とないよい手本ぢや。雪のやうな肌が燃え爛れるのを見のがすな。黒髪が火の粉になつて、舞ひ上るさまもよう見て置け。」
大殿様は三度口を御噤みになりましたが、何を御思ひになつたのか、今度は唯肩を揺つて、声も立てずに御笑ひなさりながら、
「末代までもない観物ぢや。予もここで見物しよう。それ/\、簾を揚げて、良秀に中の女を見せて遣さぬか。」
仰を聞くと仕丁の一人は、片手に松明の火を高くかざしながら、つか/\と車に近づくと、矢庭に片手をさし伸ばして、簾をさらりと揚げて見せました。けたゝましく音を立てて燃える松明の光は、一しきり赤くゆらぎながら、忽ち狭いの中を鮮かに照し出しましたが、の上に惨らしく、鎖にかけられた女房は――あゝ、誰か見違へを致しませう。きらびやかな繍のある桜の唐衣にすべらかし黒髪が艶やかに垂れて、うちかたむいた黄金の釵子も美しく輝いて見えましたが、身なりこそ違へ、小造りな体つきは、色の白い頸のあたりは、さうしてあの寂しい位つゝましやかな横顔は、良秀の娘に相違ございません。私は危く叫び声を立てようと致しました。
その時でございます。私と向ひあつてゐた侍は慌しく身を起して、柄頭を片手に抑へながら、屹と良秀の方を睨みました。それに驚いて眺めますと、あの男はこの景色に、半ば正気を失つたのでございませう。今まで下に蹲つてゐたのが、急に飛び立つたと思ひますと、両手を前へ伸した儘、車の方へ思はず知らず走りかゝらうと致しました。唯生憎前にも申しました通り、遠い影の中に居りますので、顔貌ははつきりと分りません。しかしさう思つたのはほんの一瞬間で、色を失つた良秀の顔は、いや、まるで何か目に見えない力が、宙へ吊り上げたやうな良秀の姿は、忽ちうす暗がりを切り抜いてあり/\と眼前へ浮び上りました。娘を乗せた檳榔毛の車が、この時、「火をかけい」と云ふ大殿様の御言と共に、仕丁たちが投げる松明の火を浴びて炎々と燃え上つたのでございます。
映画は、芥川龍之介原作を豊田四郎監督が、中村錦之助と仲代達矢をダブル主演にして描いた地獄絵図。
これは、芸術的にも映像面でも面白い。
平安時代の風景を見せながら、大殿(中村錦之助)と絵師(仲代達矢)の二人の葛藤を描きながら、その間を燃え上がらせるために絵師の娘(内藤洋子)を使うなど、原作に沿って上手い展開になっている。
灼熱地獄を描いた映像表現などは特筆ものである。
「人生は地獄より地獄的である 芥川龍之介」なる言葉を工夫しながら丁寧に作った大作映画の傑作。
「檳榔毛(びろうげ)の牛車」というのは、牛車の一種。
さらしたヤシの葉で車の箱の全体を葺(ふ)き覆った高級な牛車のこと。
太上天皇・親王・摂関などの乗用を例としたもの。
平安朝から用いられた。
仲代達矢の娘・内藤洋子が火に包まれる。
これは完全にホラーだ。
公開当時は、おそらく内藤洋子ファンの多くが抗議したであろう。
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