「美しき諍い女」
(うつくしきいさかいめ)
(原題:La Belle Noiseuse)
1991年5月フランス公開。
「美しき諍い女」と題する絵を完成させようとする画家とモデル、妻や恋人たちの葛藤を描く。
第44回カンヌ国際映画祭審査員グランプリ受賞作品。
脚本:パスカル・ポニツェール、クリスティーヌ・ロラン、ジャック・リヴェット
監督:ジャック・リヴェット
キャスト:
- フレンホーフェル:ミシェル・ピコリ
- リズ:ジェーン・バーキン
- マリアンヌ:エマニュエル・ベアール
- ジュリエンヌ:マリアンヌ・ドニクール
- ニコラ:ダヴィッド・バースタイン
- ポルビュス:ジル・アルボナ
- マガリ:マリー・ベリュック
- フランソワーズ:マリー=クロード・ロジェ
あらすじ:
画商ポルビュス(ジル・アルボナ)は彼の旧友でかつての恋仇だったフレンフォーフェル(ミシェル・ピッコリ)の邸宅に新進画家ニコラ(ダヴィッド・ブルツタイン)とその恋人マリアンヌ(エマニュエル・ベアール)を招待した。
フレンフォーフェルは10年ほど前、妻のリズ(ジェーン・バーキン)をモデルに描いた自らの最も野心的な未完の傑作「美しき諍い女」を中断して以来、絵を描いていなかった。
「美しき諍い女」とは17世紀に天外な人生を送った高級娼婦カトリーヌ・レスコーのことで、フレンフォーフェルは彼女のことを本で読み、彼女を描こうと試みたのであった。
ポルビュスの計らいでニコラとマリアンヌに出会ったフレンフォーフェルは、マリアンヌをモデルにその最高傑作を完成させる意欲を奮い起こした。
最初はモデルになることを嫌がったマリアンヌは、ニコラの薦めもあって5日間で完成させることを条件にしぶしぶ了承する。
だがフレンフォーフェルの要求は彼女の考える以上に苛酷なもので、肉体を過度に酷使する様々なポーズを要求され、さらには彼女の内面の感情そのものをさらけ出すことを求められる。だが、フレンフォーフェルは描き続けるうちに自信をなくしはじめ、逆にマリアンヌが挑発して描かせるようにもなっていく。
画家とモデル、2人の緊張関係は妻のリズやニコラを含めた2組のカップル全体に微妙な緊張をもたらし、ニコラのもとにやって来た妹ジュリアンヌ(マリアンヌ・ドニクール)も加わりさらに拍車がかかる。
やがて長い闘いの果てにフレンフォーフェルはついに絵を完成させるが、誰の目にも触れさせないように壁の中に埋め込んでしまい、代わりの絵を一気に描き上げた。
真の「美しき諍い女」を見たのはフレンフォーフェル以外には、アトリエを覗いたリズだけであった。
次の日、代わりの「美しき諍い女」のお披露目が行われた。
緊張感も和らぎ、2組のカップルにポルビュス、ジュリアンヌも加わり祝いのワインが開けられた。
それぞれの思いを永遠に胸に秘めながら…… 。
コメント:
ジャック・リヴェットは、フランスの映画監督、脚本家、映画批評家、雑誌編集者。
フランスの代表的映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』誌の元編集長であり、ヌーヴェルヴァーグの中心的人物である。
本作は、フランスを代表する小説家・オノレ・ド・バルザックの『知られざる傑作』を元にした作品で、第44回カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞した。
さらに同年、ロカルノ国際映画祭で名誉豹賞をも受賞した。
モデルのマリアンヌ役を演じた女優エマニュエル・ベアールは、序盤を除くほとんどのシーンをヌードで演じ、高い評価を得た。
この人は、レバノン人、エジプト人、ユダヤ人、イタリア人、ギリシャ人の血を引く美人女優。
本作の5年後にトム・クルーズ主演の「ミッション:インポッシブル」にも登場した。
上映時間が238分という長尺もの。
その殆どが絵を描くシーンという異色の作品である。
出演場面の8割以上を全裸で通した、エマニュエル・ベアール嬢の肉体の迫力!
ミシェル・ピッコリ(のふりをしたプロ画家の手)がキャンバスに走らせる描線の迫力!
白紙状態のデッサン帳に鉛筆やペンが走り、1枚のデッサンが徐々に出来上がってゆく様子と、ポーズを取るヌード・モデルの姿を交互に映してゆくキャメラ。
芝居の稽古の様子を延々と撮ってゆくリヴェット的な方法論が、絵画生成の様子にも援用され、上映時間はとにかく長い。
そしてその時間と、画面から放たれる緊張感が観客の瞳をも釘付けにし、まんじりともせずにスクリーンをじっと見詰め続けるという映画体験。
これがもし着衣のモデルが対象であったら、果たしてこれほどの時間スクリーンを見詰め続けられたかどうか。
リヴェット監督は、エマニュエル・ベアールという当代随一の魅力的な裸体を対象に選んだ理由はそこにあるという。
以前描いたことがある妻ジェーン・バーキンの裸体画の上に、敢えて上描きするようにエマニュエル・ベアールの裸体を描いてゆくミシェル・ピッコリの意図が、直ちには凡人には理解できないが、芸術家の計り知れぬ精神状態が、そんな選択をさせてしまうのかも知れず、そんな謎も映画に惹き込まれる要因になっている。
出来上がった絵画“美しき諍い女”。
それを見て、何か怒ったような表情を覗かせながら無言で立ち去るモデルのエマニュエル・ベアール。
こっそり覗き見する妻ジェーン・バーキンの表情から読み取れるものはない。
この絵画をアトリエの壁の中に“封印”するミシェル・ピッコリの行動も到底理解することはできない。
しかし、理解はできなくとも、なるほどそういうことも有り得るのかも知れないと思わせてしまうのは、それまで描かれてきたピッコリ、ベアール、バーキン、さらには、ベアールの恋人ダヴィッド・ブルツタインの関係の危うさのせいなのかも知れない。
壁に封印した“本物”は、観客の眼の前には一切示されないが、封印される際、キャンバスの下のほうがチラッとだけ映るところがあり、そこには、それまでのピッコリの絵には使われていなかった赤の色が印象的に眼を射る。
その後、ピッコリが改めて描き直した公開用の“美しき諍い女”のほうは、他の絵画でも見せていた淡い青をバックにした裸身(体を丸めるようにしたポーズを背中から描いたもの)であり、その絵に観客が感じるのは、“凡庸”の一語に過ぎない。
といった感じで、4時間ものの映画をじっくり観れる時間がある人だけが楽しめる作品である。
原題の「La Belle Noiseuse」とは、「美しくも騒がしい女」という意味だ。
「Noiseuse」というのは英語に直すと、「Noise Maker」となる。
日本語タイトルの「美しき諍い女」というのもほぼ同じ意味になるが、「諍い」という言葉を採用しているのは、なかなかのアイデアだ。
「諍い」とは、物を使って音を立てるのではなく、言い争いをすることだ。
「女」を「おんな」でなく、「め」と読ませるようにしたのも面白い。
今なら、YouTubeで本作の全編が視聴可能(ただし、英語字幕)。
マリアンヌを演じたエマニュエル・ベアールの美しいフルヌードがしっかり見られる。
この映画は、Amazon Primeで動画配信中: