「夏子の冒険」
1953年(昭和28年)1月14日公開。
三島由紀夫原作映画の第2作。
1953年度第4位の興行成績となった大ヒット作。
配給収入:1億718万円。
原作:三島由紀夫「夏子の冒険」
脚本:山内久
監督:中村登
キャスト:
- 松浦夏子:角梨枝子
- 井田毅:若原雅夫
- 夏子の祖母・かよ:東山千栄子
- 夏子の伯母・逸子:村瀬幸子
- 夏子の父:北龍二
- 夏子の母・光子:岸輝子
- 大牛田秋子:淡路恵子
- 野口:高橋貞二
- 不二子:桂木洋子
- 成瀬:伊沢一郎
- 大牛田十造:坂本武
あらすじ:
夏子は人々が情熱を見失っている現代に愛想をつかし、函館の修道院へはいるために渡道した。彼女の母、祖母、伯母の三人は夏子の身を案じてあとを追って来た。青函連絡船のなかで、夏子は一人の青年と知り合った。彼は自分の恋人秋子を喰い殺した気狂熊を見つけて仇を打つ決心だった。夏子はそうした彼の情熱にひかれて、修道院入りをやめて毅の熊狩りに同道することになった。二人が訪ねた秋子の実家大牛田十造の家には不二子という秋子の妹がいて、毅が夏子を同道したことに大いに不満そうだった。やがて支笏湖畔に気狂熊が現われたという報に、毅、夏子、不二子、夏子の母、祖母、伯母までもが一緒になって出かけて行った。そして毅は見事に熊を仕とめて一躍熊狩りの英雄にまつりあげられた。そうして得意の毅から結婚を申込まれたが、夏子は急に彼に対する興味を失って、再び修道院へはいろうと決心した。しかし不二子は、毅が講演会に出たり、ポスターのモデルになったりするのは、秋子の墓を建てる金を得るためだったことを明かし、夏子の女らしい思やりのない我ままをののしった。夏子は不二子をのがれて外へとび出した出合いがしらに毅にぶつかった。瞬間みつめ合った毅の瞳にはかつて夏子の心をゆりうごかした深い情熱の光があった。夏子はそのまま毅の胸にとび込んで行くのだった。数日後函館から連絡船で去る毅、夏子たちの幸福そうな姿を見送る不二子の頬は涙でぬれていた。
コメント:
三島映画第2作にして、大ヒットとなった作品である。
理想の人を見つけられず、修道院へ入ろうとした富豪の娘が、クマに殺された元恋人の復讐のためクマ狩りに行くという男・毅(若原雅夫)についていき、結ばれるという奇想天外なお話だ。
面白いのは夏子(角梨枝子)の家族、祖母(東山千栄子)はのんびりとした性格、母は娘を溺愛し、叔母は一見おしとやか、
父は楽観主義。夏子の修道院行きにまでついていく女3人、そして冒険先の牧場にまで現れる。
この3人がユーモラスで映画全体をセンチにしない。
中でも祖母の言動がいちばん可笑しい。
原作の通りの明るい作品になっていて、三島由紀夫独特の暗さは皆無である。
本作同様、三島の小説も、大衆向けに徹底的に読みやすい文体になっている。
なんにでも意思を通す娘が、毅の言動に惚れ、成長していくし、牧場には元恋人の妹(桂木洋子)が、恋路の邪魔をすると恋愛映画要素も含んでいる。
原作は、三島由紀夫の7作目の同名長編小説。
無邪気で破天荒な美人のお嬢様・夏子が、猪突猛進な行動力で北海道に向かい、仇討ちの青年と一緒に熊退治に出かける恋と冒険の物語。
夏子に振り回される人たちの慌てぶりを交え、コミカルなタッチで描かれた娯楽的な趣の作品となっている。
1951年(昭和26年)、週刊誌『週刊朝日』8月5日号から11月25日号に連載された。
単行本は同年12月5日に朝日新聞社より刊行された。
この小説の刊行時に、三島由紀夫が以下のようなコメントを寄せている。
舞台は北海道だが、主人公の若い男女は都会人である。
しかし都会の中には若い彼らがあふれるエネルギーをぶつけるに足る対象がみつからない。
彼らは別々の夢をもつて東京を出てくる。
この若々しい青春のはけ口を託するに足る夢を、今の時代が与へてくれないことが不満なのである。
私は現在の日本に多少とも外地にちかい雰囲気を漂はせてゐる北海道の湖や森のなかに、彼らの夢を追つてゆかうと思ふ。
彼らのロマンチシズムにかぶれた脱線旅行を、苦笑したり皮肉つたりしないで追つてゆかうと思ふ。
野宿の恋人同士が夜半目をさまして仰ぐ星は、どの星座の星がよからうか?
大熊座の星がいいだらうか?
かれらの情熱は熊の形をしてゐるからである。
— 三島由紀夫「作者の言葉」
タイトルにある「夏子」という名前がなぜ使われたのかという疑問を持つ人がいるようだ。
まちがいなく、三島自身の身近な人にこの名前の女性がいたはずだ。
それは、三島由紀夫を幼少期より慈しみ、厳しくも深い愛情で育て上げた祖母・夏子なのだ。
本作は、祖母に捧げた作品でもあったのだろう。
ヒロイン・夏子を演じたのは、角梨枝子。
「すみ りえこ」と読む。
「かくなし えだこ」ではない。
角梨枝子は、1948年、初代・ミスヒロシマに選定され東宝からスカウトされて映画界入りし、『山の彼方に』等に出演した。
日本人離れした抜群のプロポーションとエキゾチックな美貌で注目を集め、主演スターとなった。
1951年に松竹に引き抜かれ『恋文裁判』等に主演。
松竹第2回カラー映画である本作『夏子の冒険』は、年間トップ4に入る大ヒットとなり、高い人気を得た。
以下の如く、数多くの文芸作品に出演している。
- 本日休診(1952年、原作:井伏鱒二)
- 夏子の冒険(1953年、原作:三島由紀夫)
- 山の音(1954年、原作:川端康成)
- 放浪記(1954年、原作:林芙美子)
- 永すぎた春(1957年、原作:三島由紀夫)
- 白鷺(1958年、原作:泉鏡花)
- 痴人の愛(1960年、原作:谷崎潤一郎)
- 花実のない森(1965年、原作:松本清張)
本作は、配給収入が、1億円超えとなった大ヒット作である。
公開当時の1953年の物価は、今の20分の1のようだから、20億円以上に相当する。