「美しさと哀しみと」
1965年2月28日公開。
昔の男への復讐を仕掛ける女二人の怪しい関係を描く名作。
川端康成が加賀まりこを絶賛。
原作:川端康成「美しさと哀しみと」
脚本:山田信夫
監督:篠田正浩
キャスト:
- 大木年雄:山村聡
- 大木文子:渡辺美佐子
- 大木太一郎:山本圭
- 坂見けい子:加賀まりこ
- 上野音子:八千草薫
- 音子の母:杉村春子(特別出演)
- 嵐山の老婆:中村芳子
あらすじ:
鎌倉に住む作家・大木年雄(山村聡)は、新しい年を京都で迎えたいと心誘われていた。
大木の心の中には、京都で絵筆をふるう上野音子(八千草薫)の面影がよぎった。
二十年前、大木は、妻子ある身でありながら、まだ少女だった音子を愛した。
大木の子供をみごもった音子は、その日から平凡な女の倖せを奪われ、死産というショックを経て、自殺を計った。
そして大木はこの事件を描いた作品で文壇に地位を築いたのだった。
大木は大晦日に京都に赴き、二十年ぶりに料亭で音子と再会し、除夜の鐘を共に楽しんだのだが、彼女は冷淡な態度しか示さなかった。
その場には芸者のほかに、音子の弟子である坂見けい子(加賀まりこ)も同席していた。
けい子は音子の家に住み込み、師匠と弟子の関係を越えた親密な関係を持っていたのだった。
そして、かつて音子が大木にひどい目にあわされたことを知ったけい子は、大木への復讐を決意した。
その後、北鎌倉にある大木の家に出かけた彼女は、大木を誘惑。
けい子の怪しいまでの美しさに惹かれた大木は江の島のホテルで彼女と関係しようとするが、恍惚となったその口から「上野先生」という言葉が漏れるのを聞き、欲望が萎えてしまう。
大木の妻・文子(渡辺美佐子)は家を訪ねてきたけい子に対して警戒する。
文子は昔、大木と音子の関係を知って苦しんだ。
さらに夫が音子との関係を小説にした時もあえて原稿を和文タイプする作業を引き受け、子供を流産した経験があった。
けい子が大木だけでなく、息子の太一郎(山本圭)とまで仲良くしようとしているのを知り、けい子のことを「魔女」と呼ぶ。
実際、けい子は太一郎に円覚寺や建長寺を案内され、彼に対しても誘惑の手を向けていた。
中世文学を研究している太一郎が京都へ来た時、けい子は二尊院の裏山に一緒に行き、さらに親しみを深める。
彼女に夢中になった太一郎は一緒に琵琶湖のホテルへ泊まり、ついに体の関係を結ぶ。
二人は翌朝、モーターボートを借りて琵琶湖を走り回すが、そのボートが転覆してしまう。
けい子は救出されて助かったが、太一郎の方は行方不明となり、懸命な捜索が行なわれる。
知らせを聞いて駆けつけた大木と文子は、けい子の病室にいた音子と対面する。
文子にとって音子と会うのは初めてだった。
大木夫妻が病室を出ていくと、音子はけい子の顔をじっと見つめる。
けい子の眼には涙が浮かんでいた。
コメント:
原作は、川端康成の長編小説。
1961年(昭和36年)、雑誌『婦人公論』1月号(第46巻第1号)から1963年(昭和38年)10月号(第48巻第11号)にかけて連載された。
その後、1965年(昭和40年)2月20日に中央公論社より単行本刊行された。
ある中年小説家(山村聰)と、彼がかつて愛した少女で現在日本画家となった女、その内弟子で同性愛者の若い娘の三人が織りなす美しさと哀しみに満ちた人生の抒情と官能のロマネスク物語である。
愛する師のために、レズビアンの女弟子が男の家庭の破壊を企てる復讐劇を基調にした中間小説的な粉飾のストーリー展開で、川端という作家の主題や技法、心の翳が特徴的に示されている作品だといわれている。
かつて妻子を持つ31歳の男性が愛してしまったのは、16歳の女子高校生だった。
山村聡演じる男は小説家として名を成し、今は鎌倉に住んでいる。
未熟な愛に傷ついた少女(八千草薫)は精神を病み、京都で画家として暮らしている。
二十年ぶりの再会を求めて大晦日の京都を訪れた山村の前に現れたのは、八千草の弟子・加賀まりこだった……。
まったく異なるタイプの八千草と加賀の演技がすばらしい。
年齢を感じさせない八千草のあどけなさ。
その裏には精神を病んだゆえの心の闇が横たわっているのだろうか。
真逆の加賀は、コケティッシュ全開で山村を破滅に導いていく。
八千草と加賀の二人が、師弟関係だけでなくレズビアン関係であるのも川端らしい。
絵画の女師匠・音子を八千草薫、女弟子・けい子を加賀まりこが熱演している。
川端康成の原作らしい古都を舞台にした耽美的な映像の中で、加賀まり子が魔性の小悪魔として美しく鮮烈に輝いている。
八千草薫の儚い美しさも負けずに印象的だ。
この二人が見せるレズの関係がこの映画の魅力になっている。
女を愛する女にとって、復讐のために男を追い詰め、破滅させることなど容易いことなのかも知れない。
加賀まりこと八千草薫の美しさと恐ろしさをかんじさせるセリフがこちら:
「痛い、痛いじゃない」
「痛いように噛んだんですもの」
けい子が音子に強い愛情を持っているように見えるのだが、ラストを観ると音子は未来に起こることを全て見抜いていたのかも。全て音子の手のひらの上なんじゃないかと思ってしまう怖さがある。
八千草薫が加賀まりこを山村聰に紹介する時のこの一言が意味深だ:
「顔に似合わず、少し気狂いさんですわ」
2人の狂った愛のシーンが印象に残るが、愛する師匠の仇を討とうと激しく燃える加賀まりぶっ飛んだ演技が最高だ。
「あたし地味な感情なんてほんとに大っ嫌いですわ」
作品中の人物「坂見けい子」を加賀まりこが演じることになり、川端は原作者として加賀と初対面した。
川端は加賀のリハーサルの演技を見て、〈加賀さんの熱つぽい激しさに私はおどろいた〉、〈私がまるで加賀まりこさんのために書いたやうな、ほかの女優は考へられないやうな、主演のまりこがそこに現はれた〉と述べ、登場人物の「けい子」というエキセントリックで妖精じみた娘に、〈演技より前の、あるひは演技の源の、加賀さんの持つて生まれた、いちじるしい個性と素質が出てゐた〉と褒めている。
古き良き日本の美しさを追求した川端康成が、ロリコン趣味だったのは有名な話。
そうした川端の「美意識」「倒錯感」が凝縮された作品が本作である。
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大木が大晦日に京都を訪れた時迎えに出たのは、音子の弟子の坂見けい子だった。
そして音子と再会した大木は、音子の冷やかな態度にある虚しさが残った。
ただ、音子から「少し気違いさんです」と紹介されたけい子の妖しい魅力に惹かれるものがあった。
けい子は、音子を姉のように慕っていたが、音子から大木との過去を聞くと、彼女は音子に代わって大木への復讐をすると誓った。
梅雨の頃、けい子は自作の絵をもって、鎌倉の大木の家を訪ねた。
だが、私立大の講師をする一人息子・太一郎の案内で、けい子は楽しい日を過ごした。
その夜けい子は大木に抱かれた。
けい子から大木との、一夜を聞いた音子は、なぜか嫉妬心にかられた。
年月がたつにつれ、音子の心の中で大木との交情が浄化されていた。
そして、妖しいけい子との同性愛に溺れる音子であった。
夏のある日、京都を訪れた太一郎を、けい子は琵琶湖へ誘った。
「音子先生の復讐を太一郎さんでやるんだ」けい子の心は高なった。
小倉山の二尊院で太一郎はけい子を抱いた。
翌夕、モーターボートに乗った二人は、沖へと出た。
音子がラジオのニュースを聞いてかけつけた時、けい子はベッドに寝かされていた。
太一郎は行方不明のまま、捜索船が動きまわっていた。
けい子の寝顔には涙がひと筋光っていた。
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