日本の文芸映画 川端康成 「有りがたうさん」 バスの運転手と乗客とのふれあいを描いた傑作! | 人生・嵐も晴れもあり!

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「有りがたうさん」

 

映画VHS『有りがたうさん(1936)』監=清水宏 出=桑野通子 上原謙

 

「有りがたうさん」 全編

 

1936年2月27日公開。

原作は、川端康成の短編小説。

伊豆を舞台にしたバスの運転手と乗客との物語。

 

原作:川端康成『有難う』

監督・脚本:清水宏

 

キャスト:

  • 有りがたうさん…上原謙
  • 髭の紳士…石山隆嗣(石山龍児)
  • 行商人…仲英之助
  • 黒襟の女…桑野通子
  • 売られゆく娘…築地まゆみ
  • その母親…二葉かほる
  • 東京帰りの村人…河村黎吉
  • その娘…忍節子
  • 行商人A…堺一二
  • 行商人B…山田長正
  • 猟帰りの男…河原侃二
  • 田舎の老人…青野清
  • 村の老人…金井光義
  • 医者…谷麗光
  • 新婚の夫…小倉繁
  • 新婚の妻…河井君枝
  • うらぶれた紳士…如月輝夫
  • 田舎のアンちゃん…利根川彰

 

有りがたうさん | coltrane1964のブログ

 

コメント:

 

川端康成の短編小説『有難う』を原作としたほのぼの映画。

 

Audible版『有難う 』 | 川端 康成 | Audible.co.jp

 

1935年(昭和10年)秋の不景気の頃、「有りがたうさん」と呼ばれて親しまれているバス運転手が当時の路線バスの天城街道(静岡県伊豆半島)を運転しながらバスの乗客や街道を、すれ違う人々との交流を、心温まるユーモアを交えて描く。

 

有りがたうさん - 解説・レビュー・評価 | 映画ポップコーン

 

上原謙が演じる「有りがたうさん」ことバスの運転手が主役。

彼が運転するバスの乗客たちや行く先々で出会う人たちの人間模様がなんとも愛らしい。

村人たちがいかにこの運転手を慕い、信頼しているかが良く描けている。

身売りする少女や朝鮮人の女性等、当時の弱者に対する監督のまなざしが見えるヒューマニティたっぷりの感動作である。

 

バスに乗って遠足にいくような気分で、いっしょに揺られながら、流れる風景を観ていられる作品。

南伊豆の乗り合いバスの運転手を上原謙が演じている。
歩く人、荷台を引く人、いろんな人や車を追い抜くたびに、「ありがとう」と声をかけることから、「ありがとうさん」と呼ばれ、慕われているのだ。

 

有りがたうさんのTwitterイラスト検索結果。


カメラをバスの正面に向け、前方を歩く人に近づき、追い抜いていくところを抜かしてから、今度は、カメラを後ろに向けて、
遠ざかっていく人を撮る。
この近づき、遠ざかるシーンの、得も言われぬ美しさに心を奪われる。

 

バスを乗り降りする人たちのいろんな会話から、1936年という映画がつくられた当時の世相や社会状況、人間ドラマが散りばめられていて、深い余韻が残る。

ありがとうさんは、街道を歩く人から言伝を頼まれたり、買い物を頼まれたりする。
乗客から「大変だね」と声をかけられ、「いえ、これも、街道渡世の仁義ですから」と、にっこり笑って答える。

 

流行歌のレコードを一枚買ってきてほしいと頼まれ、

「この一枚で、村の娘たちが皆喜ぶんです、村では、なにも楽しみがないですからね」

という、ありがとうさんのコメントが、なんとも心にしみる。

 

「あたしたち、今度くるバスがありがとうさんの車かどうか、当てっこしてたのよ」
「気立てはいいし、男っぷりもいいから街道筋の娘っこが騒ぐのも無理はないねえ」
なんてセリフもある。

 

バスが追い抜いていく人たちは、
バスに乗りたくても、乗車賃をもっていない人も多い。
いつか、ありがとうさんのバスに乗って峠を越えたい、と
言う人もいる。

 

不況で仕事がなく、田舎に帰ってくる人たち。
子どもが産まれても、
男の子は仕事がなくてルンペンになるし、
女の子は身売りに出されてで、めでたくない、

なんて話も。


陣痛の知らせにあわてて駆け付けようと、バスに乗ったお医者さんと乗客との間で交わされる。

ほのぼのとしているようだが、会話の内容は、生きづらい当時の世相を伝えるものばかりなのだ。


ありがとうさんは、バスを運転しながら、そんな辛い社会状況の中で、懸命に生きている人、歩いている人たちを
じっとあたたかい目で見てきたのだということがわかってくる。

 

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白いチマチョゴリを着た娘とありがとうさんとのシーンがいい。
道をつくる仕事をしてきて、
でも、自分たちがつくった道を歩くこともなく、
また次の道をつくる仕事のために、信州へと旅立つ。


ありがとうさんに、工事中に亡くなったお父さんのお墓に時々お水をあげてね、と頼む娘。
ありがとうさんは、バスに乗っていきなさいよ、と言うが、娘たちが振り向くと、山すその方に、大勢の朝鮮人労務者が街道を歩いている姿が、俯瞰気味のロングで画面いっぱいに映される。


娘は、皆といっしょに歩いていく、とにっこり答えて、別れを告げる。
 

バスの乗客の身売りにいく娘とその母(二葉かほる)や、流浪の女(桑野通子)とのやりとりがメインになる。
 

有りがたうさん」 (c)1936松竹株式会社 - “孤高の天才”清水宏特集で「按摩と女」「有りがたうさん」など30本上映 [画像ギャラリー 3/30]  - 映画ナタリー

 

これは、単にほのぼのとした時代の良さを描いているのではない。

大正時代の地方における日本の庶民がいかに厳しい暮らしを強いられていたか、それを告発した厳しい社会風刺の作品でもあるのだ。

 

この映画は、トーキーが本格化した年の記念すべき作品だ。

伊豆の天城街道を実写ロケしたもので、まさに画期的な映画である。

 

監督・脚本をつとめた清水宏は、親友・小津安二郎と同時代を生きた名監督である。

伊豆の街道をバス1台で走りながら、その中でとられた全編ロケーションでとる清水宏の手法は、「実写的精神」と呼ばれ、絶賛を浴びる。

それ以来、自然の情景の中で演技を発展させる手法を徹底的に追求することとなる。

 

本作の公開日・1936年(昭和11年)2月27日の前日には、2.26事件が起こっている。

さらに、阿部定事件(あべさだじけん)が、同年5月18日に起きている。

これは、仲居であった阿部定という女が、東京市荒川区尾久の待合で、性交中に愛人の男性を扼殺し、局部を切り取った事件だ。

そんな陰惨な事件が続発した当時の日本で、底辺に生きる庶民たちがいかに苦しい生活を続けていたか。

 

この作品の原作者である川端康成の、日本社会の矛盾を突く厳しい告発の精神が分かってくる貴重な映画だ。

伊豆の踊子とも通じる作品といってよい。

 

川端康成という文学者の心の奥底には、日本人への深い愛情と社会問題の告発があるのだ。

 

この映画は、YouTubeで全編無料視聴可能。