淀川長治が選んだベスト映画100本 「羅生門」 黒澤明の名作! 三船敏郎・京マチ子の共演! | 人生・嵐も晴れもあり!

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「羅生門」

 

 

 

羅生門 予告編

 

1950年8月26日公開。

平安時代末期の荒れ果てた京の都近くで起こったある事件を巡る物語。

黒澤明が世界にその名を知らしめた初の記念作!

 

原作:芥川龍之介

脚本:黒澤明・橋本忍

監督:黒澤明


出演者:

三船敏郎、森雅之、京マチ子、志村喬、千秋実、上田吉二郎、加藤大介、本間文子

 

 

受賞歴

第12回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞。(日本映画として初の海外映画祭でのグランプリ獲得)

第24回アカデミー賞名誉賞(現在の外国語映画賞)受賞。

 

 

あらすじ:

 

平安時代の京都近くの薮の中で起こった事件を巡る物語。

 

打ち続く戦乱と疫病の流行、天災で人心も退廃を極めた平安時代の京の都。

豪雨の中、雨やどりのために羅生門に下人(荘官や地頭などの下で雑役をする者)(上田吉二郎)が駆け込むと、そこには杣売り(そまうり、焚き木の売り子)(志村喬)と旅法師(千秋実)の二人が疲れ果てて座り込んでいた。

下人はこの二人から奇妙な殺人事件の裁判の顛末を聞くことになる。


盗賊・多襄丸(たじょうまる)(三船敏郎)は、森の中で通りかかった金沢武弘という侍の夫婦を獲物と定め、夫(森雅之)を縛り目の前で妻(京マチ子)を強姦する。そして、現場には夫の死体が残されたというのだが。

 

3日前、薪を取りに山に分け入った杣売りは、金沢の死体を発見し、検非違使(今の裁判所)に届け出た。

そして今日取り調べの場に出廷した杣売りは、当時の状況を思い出しながら、遺体のそばに市女笠、踏みにじられた侍烏帽子、切られた縄、そして赤地織の守袋が落ちており、そこにあるはずの金沢の太刀、女性用の短刀は見当たらなかったと証言する。

また、道中で金沢と会った旅法師も出廷し、金沢は妻の真砂と一緒に行動していたと証言する。

 

盗賊の多襄丸という男が昼寝をしていると、侍夫婦が通りかかった。

妻に目を付けた多襄丸は、夫をだまして縛り上げ、夫の目の前で妻を強姦する。

しばらく後、現場には夫の死体が残され、妻と盗賊の姿はなかった。

 

この殺人事件の真実をめぐり、目撃者の杣売(志村喬)と旅法師(千秋実)の証言、捕らえられた盗賊・多襄丸(三船敏郎)の供述と、侍の妻(京マチ子)の証言、それに巫女の霊力によって呼び出された死んだ侍の霊の証言が次々に展開される。

 

多襄丸によると、女がどちらか生き残った方に付いていくと言うので夫と対決して倒したのだが、気が付くと女はすでに消えていたと言う。

 

妻は、盗賊に身を任せた自分に対する夫の蔑みの目に絶えられず、錯乱して自分を殺してくれと短刀を夫に差し出したが、気が付いたら短刀は夫の胸に突き刺さっていたと告白する。

 

そして夫の霊は、妻が盗賊に付いていく代わりに夫を殺してくれと盗賊の男に頼むのを聞いて絶望し、自分で自分の胸に短刀を刺したが、意識が薄れていく中で誰かが胸から短刀を引き抜くのを感じながら、息絶えたと語った。

 

杣売りは、下人に「三人とも嘘をついている」と言う。

杣売りは、事件の一部始終を目撃していたが巻き込まれるのを恐れ、黙っていたという。

杣売りによれば、多襄丸は強姦の後、真砂に惚れてしまい夫婦となることを懇願したが、彼女は断り金沢の縄を解いた。

ところが金沢は辱めを受けた彼女に対し、武士の妻として自害するように迫った。

すると真砂は笑いだして男たちの自分勝手な言い分を誹り、金沢と多襄丸を殺し合わせる。

2人はへっぴり腰で無様に斬り合い、ようやく多襄丸が金沢を殺すに至ったが、自らが仕向けた事の成り行きに真砂は動揺し逃げだした。

人を殺めたばかりで動転している多襄丸は真砂を追うことができなかった。

後に河原で倒れていた多襄丸は、放免(検非違使の役人)(加藤大介)に発見され、検非違使に連行された。

 

3人の告白はそれぞれ自分の見栄のための虚偽だという真実を知った旅法師は世を儚む。

すると、羅生門の一角で赤ん坊の泣き声がする。

何者かが赤子を捨てていったのだ。

下人は迷わずに赤ん坊をくるんでいた着物を奪い取ると、赤ん坊を放置する。

あまりの所業に杣売りは咎めるが、下人はこの世の中において手前勝手でない人間は生きていけないと自らの理を説き、さらに現場から無くなっていた金沢の太刀と短刀を盗んだのは杣売りだったと指摘し、お前に非難する資格はないと罵りながら去って行った。

旅法師は思わぬ事の成り行きに絶望してしまう。

すると、おもむろに杣売りが赤子に手を伸ばした。

一瞬、赤子の着物まで奪うのではと疑ってその手を払い除ける旅法師だったが、杣売りは「自分の子として育てる」と言い残し、赤子を大事そうに抱えて去っていった。

旅法師は己の不明を恥じながらも、人間の良心に希望を見出すのだった。

 

 

コメント:

 

この映画が、なぜ世界の映画評論家たちから高い評価を受けたのだろうか。

 

当時、ヴェネツィア国際映画祭の依頼で、日本映画の出品作を探していたイタリフィルム社のジュリアーナ・ストラミジョリという女性が「羅生門」を見て感激したのがきっかけ。

 

彼女はただちに、出品作として大映に申し出たが、大映側はこれに反対していた。

 

そこで、ストラミジョリは自費で英語字幕を付け、映画祭に送ったところ、なんとグランプリの金獅子賞を獲得。

世界中に黒澤に名が知られるきっかけとなったのだ。

 

これを受けて大映の永田社長は、手のひらを返したように「羅生門」を大絶賛し始め、自分の手柄のように語ったといわれている。

 

黒澤明本人は、作品が出品されていることも知らなかったということだ。

 

ウソのような話だが、それまでは日本の映画が海外の映画祭で受賞することなど予想もされなかった時代だった。

 

 

ひとつの事件を巡り4人の人間が異なった事実を証言するという構成は、今までなかった斬新なものだ。

 

また、すでに死んだ当事者の証言のために巫女を使って礼を呼び出し、尋問するという大胆な映画的魅惑にあふれた構想力は圧巻だったようだ。

 

冒頭からの激しい集中豪雨のすさまじい雨の映像と土砂降りのサウンドによる「すさんだ平安末期を感じさせる」映像と音。

 

黒澤映画独特のカメラ映像。

 

三船敏郎をはじめとする役者たちの演技。

 

ボレロのリズムを採用したサウンドトラック効果。

 

人間の奥底にあるエゴの醜さをさまざまに見せながら、エンディングシーンで、人間の善性復活を感じさせる「赤子を引き取るシーン」で幕を下ろす鮮やかさ。

 

『羅生門』は、まさに完璧な仕上がりだ。

 

この作品を初めて見る人々は、おそらく「なにこれ?」、「どこがおもしろいのか全然分からない」と感じるかもしれない。

 

令和の今日、時代劇が一気に人気落ちして、もうちょんまげを見て感じるものなど何もないという風潮が強まっている。

 

しかしながら、日本独自の人間の描き方は、黒澤明が残した多くの作品の中にしっかりと確立され、現代の映画監督たちに脈々と継承されているのだ。

 

今の映画の面白さの基本が黒澤監督の力で確立されていることを再認識できる作品である。

 

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