「嘆きのテレーズ 」
(原題:Thérèse Raquin)
1953年11月6日フランス公開。
1954年4月20日日本公開。
女と男が不幸から逃避しようとするメロドラマ&サスペンス。
1953年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞。
原作:エミール・ゾラ『テレーズ・ラカン』
脚本:マルセル・カルネ、シャルル・スパーク
監督:マルセル・カルネ
キャスト:
- レーズ・ラカン: シモーヌ・シニョレ - リヨンで生地屋を営む女性。
- ローラン: ラフ・ヴァローネ - イタリア人のトラック運転手。
- カミイユ・ラカン: ジャック・デュビイ - テレーズの従兄で夫。病弱。
- ジョルジェット: マリア・ピア・カジリオ - 安宿の若い女中。
- リトン: ローラン・ルザッフル - 復員水兵。テレーズを脅迫。
- ラカン夫人: シルヴィー - テレーズの姑。両親を亡くしたテレーズを引き取って育て、溺愛する息子カミーユの嫁にする。
あらすじ:
リヨンの裏町でラカン生地店の主婦になったテレーズ(シモーヌ・シニョレ)は、病弱なくせに傲慢な夫・カミイユ(ジャク・デュビイ)、息子を溺愛するだけの姑・ラカン夫人(シルヴィー)にはさまれて、冷たく暗い毎日を送っていた。
貨物駅に勤めるカミイユは或日イタリア人のトラック運転手・ローラン(ラフ・ヴァローネ)と知り合い、意気投合して家に連れて来た。
逞ましく若々しいこの男の魅力にテレーズはみるみる惹かれ、ローランもまた彼女を思いつめて駆け落ちを迫るに至った。
危険な、あわただしい逢びきが重なり、二人はカミイユに真相をつげて離婚を承諾させよぅとしたが、夫は哀願と脅迫をくりかえして妻をパリの親類に閉じこめてしまおうと図った。
その旅行の途次、あとを追ったローランがテレーズと車中で密会している現場にカミイユが現れた。
二人の男は女を中に争い、ついにローランはカミイユをデッキから突き落とした。
きびしい警察の訊問の間、テレーズは勿論口を割りはしなかったが、たえず彼女の脳裡を襲うのは、惨死体となった夫の姿であり、息子の死以来全身不髄となってただ彼女を睨むだけのラカン夫人の眼であった。
もはやローランの抱擁さえ、テレーズから死人の面影を消すわけにはゆかず、二人ば絶交状態におちた。
一方、事件の夜、列車で夫婦と同室だった復員水兵・リトン(ローラン・ルザッフル)がいたが、彼は新聞でテレーズの住所を知ると同時にあの夜の記憶を呼びおこし、事業資金獲得と称して五十万フランの口止料を彼女に要求した。
テレーズにはローラン以外頼る男はない。
再び結びついた二人は折よく鉄道会社からおりた弔慰金を水兵に渡して国外に逃げようと計画した。
しかしその金を二人から受け取った瞬間、水兵はトラックに轢かれて即死した。
その臨終を看とったローランもテレーズも、この時、かねての用意に水兵が検事への密告状をホテルの女中に托していたことは知らなかったのである。
コメント:
原作は、フランスを代表する小説家・エミール・ゾラの「テレーズ・ラカン」。
フランスの巨匠・マルセル・カルネ監督が映画化した作品。
この監督は、戦前戦後にかけていくつも名作を世に出したことで有名。
代表作は、『陽は昇る』(1939年)、『天井桟敷の人々』(1945年)、『嘆きのテレーズ』(1953年)。
映画の原題の「Thérèse Raquin」は、ヒロインの氏名である。
ラカン家に嫁いだテレーズだから、「テレーズ・ラカン」なのだ。
夫の名前は、「カミイユ・ラカン」。
原題よりも日本語タイトル「嘆きのテレーズ」の方が断然的を得ている。
まさに自分の人生を嘆き悲しむヒロイン・テレーズの物語なのだから。
本作は、夫と姑に服従するだけの生活を送る生地店の主婦が不倫の恋に落ちるところから始まる悲劇の運命をカルネ監督が得意とする詩的リアリズムで描いている。
本作の見どころは、フランスの名女優・シモーヌ・シニョレに尽きる。
彼女を見るために映画を観ていたようなものだ。
映画そのものも決して悪くないが、シニョレの暗い魅力が強すぎる。
ゆする男を演じたローラン・ルザッフルも好演だ。
シモーヌ・シニョレは、フランスの往年女優のトップに君臨する大物俳優である。
代表作は、『肉体の冠』(1952年)、『嘆きのテレーズ』(1953年)、『悪魔のような女』(1955年)、『年上の女』(1959年)、『影の軍隊』(1969年)、『告白』(1970年)、『これからの人生』(1977年)。
本作は、不幸な妻が最悪の家庭から逃避しようと、好きになった男と共にもがき苦しむ半生を描いている。
病弱な夫と底意地の悪い姑。
夫を愛しているわけではないけれど、姑には幼少の身から育ててもらった恩義があって、どんな屈辱を受けても、ただひたすら家事に勤しむテレーズ。
夫にも姑にも疎外されて変化のない平凡な日々を送るテレーズのもとに、ある日、野性味あふれる運転手・ローランが現れる。
このローラン役のラフ・ヴァローネ。
ほんと、精力が有り余って油ギッシュな男。
全身から男臭さが滲み出ている。
そして夫には無い優しさ、逞しさ。
出会った瞬間から愛し合う二人。
初めて女としての歓びをみいだしたテレーズは、夫と別れ、ローランと一緒になる決心をする。
パリ行きの列車でテレーズの夫をデッキから外に突き落としたローラン。
ローランは途中の駅で下車したため捜査線上にはあがらない。
夫と同行していたテレーズが殺人の疑いをかけられる。
だが、テレーズは事実を隠し通して、ついに彼女に無実の判決が出る。
これで幸せになれると喜ぶテレーズとローラン。
しかし、そこに第3の男が現れる。
列車で夫婦と同室だった復員水兵・リトンだ。
この男は、テレーズが一人でデッキに出て行ってしばらく帰らなかったことを知っていた。
その後、不審に思った夫もデッキに出て行ったことも見ていた。
彼は、それをネタに、50万フランという大金を口止め料としてテレーズに要求する。
テレーズが無罪となり、鉄道会社からおりた夫の死亡に対する弔慰金を水兵に渡して国外に逃げることにした二人だったが、現金をもらった水兵が道路脇でトラックに轢かれて死んでしまう。
これでハッピーエンドとなる二人だったが、最後にどんでん返しが。
水兵は、もし自分が5時までにホテルに帰らなかったら、ポストに投函してくれと言われていた封書をホテルのメイドが言いつけ通りポストに投函し、ポストマンはそれを受け取ってしまった。
その封書には、水兵がテレーズとローランの二人がデッキにいたことを告発するものだったのだ。
パトカーの音が鳴り響くリオンの街を映しながら、これでエンドとなっている。
この映画は、不幸な結婚を強いられた薄幸の女性の悲しい人生が、それを打ち破ってくれそうな強い男に巡り合った結果、さらに大きな不幸を呼び込んでしまうというメロドラマ&サスペンスを描いた異色作である。
邦題の通り「テレーズの嘆き」が聞こえてくる結末だ。
それは女として、人として、ほんの小さな幸せさえもつかめない嘆きだ。
彼女の心の嘆きが繊細に描かれている名作である。
フランスの小説の代表作といって良い、ゾラが書いた「テレーズ・ラカン」を忠実に映像化した作品として、当時一級の映画である。
日本のメロドラマなども、こういうフランスの名作を参考にして制作されているものが多いのだ。
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