「流れる」
1956年11月20日公開。
幸田文の傑作を映画化。
東京の花街に生きる人々を描いた名作。
原作:幸田文「流れる」
脚本:田中澄江、井手俊郎
監督:成瀬巳喜男
キャスト:
- 梨花(お春):田中絹代
- つた奴:山田五十鈴
- 勝代:高峰秀子
- なな子:岡田茉莉子
- 染香:杉村春子
- お浜:栗島すみ子
- 米子:中北千枝子
- 高木:加東大介
- 不二子:松山なつ子
- おとよ:賀原夏子
- 鋸山:宮口精二
- 佐伯(お浜の甥):仲谷昇
- いろどり:南美江
- 村松:竜岡晋
- 白雅(中華料理店):大村千吉
- 医者:中村伸郎
- つる本の女中:音羽久米子
- 乾物屋主人:上田吉二郎
あらすじ:
大川端に程近い東京の花街。
芸者置屋つたの家に、職業紹介所から女中・梨花(田中絹代)がお目見得に来た。
夫は一昨年、子供も昨年死んだという梨花は、女将・つた奴(山田五十鈴)のお目見得も無事に済み、お春と名も変えられて住込む。
早速使いに出された食料品屋の親爺は、払いが悪いか良い顔をしない。
家に戻ると、つた奴と腹違いの姉、鬼子母神のおとよ(賀原夏子)が借金の催促に坐り込んでいる。
この家も抵当に入っているんだと教えてくれた芸妓・染香(杉村春子)も、おとよに借金がある。
おとよは、つた奴に旦那を世話して借金整理の腹だが、つた奴は乗り気でない。数日後、喧嘩して出た芸者なみ江の叔父・鋸山(宮口精二)が、姪をタネにゆすりに来る。
つた奴は留守だったが梨花たちは震え上る。
その頃、つた奴はおとよと歌舞伎座へ出かけていたが、目的は鉄鋼会社社長村松との顔合わせと知り、遇然出会った昔の同僚で今は水野家の女将お浜(栗島すみ子)と先に帰ってしまう。
鋸山から三十万払えとの手紙、加えておとよも怒鳴り込む。
つた奴は遂にお浜を訪ね、別れた旦那花山に、お浜の甥で花山の秘書をしている佐伯を経て詫を入れる。
翌日、花山からとお浜が十万届けて来たが鋸山に半分はとられてしまう。
騒ぎの最中、つた奴の妹米子の先の亭主高木が、子供不二子の病気を見舞いに来たが金だけ置いて逃げるように去る。
お浜がこの家を買取り旅館にするとおとよから聞いたつた奴は真疑をただすが、冗談をと笑うお浜にホッとした。
加えて今夜七時、花山と合うことになる。
ブラブラしているのは恥しいからお友達の家でミシンの下請けでもする、という娘の勝代(高峰秀子)を叱りつけ、約束の料亭三田に赴いたつた奴。
だが花山は急用で来れぬと佐伯(仲谷昇)が姿を現わす。
総てを察した傷心のつた奴が戻ると、また鋸山が来ている。
巡査を呼んだが参考人として彼女も留置場へ。お浜と佐伯の運動で一晩で帰されたが、家を買って貰いたいというつた奴に、お浜は実は先日の十万は手切金の意味と言う。
この辺で私も男とは縁切れと淋しく笑うつた奴。
おとよの目算は見事に外れたが、佐伯と戻って来た鋸山はなみ江の荷物をまとめ逃げるように帰る。
程なくつたの家に残るのはつた奴、勝代に梨花の三人。
だがつた奴母娘に出て貰い、あんたに任せて小料理屋をというお浜の話も梨花は断わる。
秋風の吹く頃勝代とイサカイの末オン出た染香が詫を入れてくる。
こちらも新規まきなおしと微笑するつた奴、二階では勝代が内職のミシン仕事。
郷里へ戻ろうと決心した梨花は、つた奴と染香の三味線で踊る仕込み子たちの姿をいつ迄も眺めていた。
コメント:
原作は、1955年に雑誌『新潮』に連載され、翌年出版された幸田文(こうだ あや)の小説。
1954年にデビューした幸田の、作家としての名声を確立した傑作である。
自身の体験を踏まえて、華やかな花柳界と零落する芸者置屋の内実を描ききった作品。
第3回新潮社文学賞と第13回日本芸術院賞を受賞した。
ストーリーはほぼ幸田文の原作のまま受け継がれている。
女だけで置屋商売も廃れ気味なつらい時代を生きる花柳界の人々の世界を描いている。
高峰秀子の出演した映画の中でも秀逸な作品として認められている。
玄人の母親と素人の愛娘との生きていくことに悩みながらも協力しながら日々を精一杯暮らしていかなければならない時の流れが悲しい。
まったく生きてきた社会も過去の環境も異なる一般人の女中の常識のある立ち振る舞いは、どの社会で生きていくにしても人柄と人間性がきっちりしている生き様から信頼が厚くなっていく。
人情だけでは生きていけない厳しい花柳界の裏の実情がさらっと描かれていて、女が生きていくことの困難さが伝わってくる。
この時期の成瀬監督は、前年に公開された『浮雲』でキャリアの頂点を極めていた。
他の作品でも見られる、女性を中心に人物を情感豊かにリアルに描く手腕は、本作でも遺憾なく発揮された。
特に本作では、大勢の登場人物それぞれに明確な個性を色付けしており、キャスト連の迫真の演技と相まって肉厚で豪華な作品となっている。
キャストには田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子という日本映画界を代表する名女優を三枚看板に擁し、岡田茉莉子、杉村春子、中北千枝子、賀原夏子らが脇を固めた。
花柳界という舞台設定と合わせて正に「女性オールスター映画」とも呼ぶべき絢爛豪華な顔ぶれとなっている。
男優では宮口精二、加東大介、仲谷昇、佐田豊らが出演している。
スタッフにおいても「成瀬組」の名スタッフが結集し、成瀬映画の真髄を究めた作品となっている。
つた奴役の山田五十鈴の貫禄が凄い。
あけっぴろげな性格の染香を演じた杉村春子の面白さが際立っている。
梨花を演じている田中絹代の柔らかい面差しもとても印象に残る。
なな子役の岡田茉莉子がとても美しい。
なな子は、つたの家で唯一稼いでそうな芸者。
若くてかわいく、本人も芸者としてどこででもやっていけると思っているのか、つた奴や置屋に対しても特に愛着とか義理とかは感じていない。むしろ否定的に見ている感じだ。
女優は年をとっても若いころの面影を残していたりするが、岡田茉莉子の場合は、それとは真逆で、若い頃から大人の美人で、歳を取ってもまるで変わりないのだ。
この映画は、レンタルも購入も可能: