NHKスペシャルの大型企画で「平成史スクープドキュメント」というシリーズがあって、その第5回が“ノーベル賞会社員”~科学技術立国の苦闘~というタイトルだった。

博士号をもたずサラリーマンという立場ながらノーベル賞を受賞し、飾らない人柄とあいまって注目を浴びた田中耕一さんだったが、ノーベル賞受賞からの16年は苦悩の16年だったという。

その田中さんを軸に平成日本の科学史はどのようなものであったのか振り返る番組だったのだが、ラグビーを考えるうえでも非常に示唆の富んだ内容だった。

田中耕一さんがノーベル賞を受賞したのは40代前半の頃。その重要な発見をしたのは25歳という若い時である。
タンパク質のソフトレーザーによる質量分析技術開発(レーザーでも破壊されない緩衝材の発見)がその受賞理由だったが、発見はたまたま試料を本来と違った配合をしてしまったミスが切っ掛けだった。
間違いでも念のため試してみたところ、見事タンパク質を破壊せずにレーザーで検知することができた。
そうした経緯があったため、田中さんの著書はタイトルが「生涯最高の失敗」となっている。

こういう成功は、やはり先入観をもたずになんでも試してみようという気持ちが大切であることを教えてくれる。
いうなれば「偶然も強い意志がもたらす必然」によってもたらされたものである。
ここで言う強い意志とは、失敗を恐れないチャレンジ精神だ。

その田中さんと、もう一人ノーベル賞を受賞した本庶佑さんが科学研究はどうあるべきなのかインタビューを通して語っているのだが、箇条書きで書いてみると、


本庶佑
・「選択と集中」言葉として対比されるのは「バラマキ」。両方いる
・ライフサイエンスはどこになにか潜んでいるか分からない。どうやってターゲットを予測できるか分からない。だからいろんなことを色んな人にやらせてみる
・自分の考えでやれるチャンスを与える
・いろんなことをいろんな人のアイデアでやらせてみる。これが大前提 
・科学、サイエンスは1年、2年でどうなるものではない
・若手にしっかり投資していく

田中耕一
・イノベーションとは、本来は新結合、新しい統合、解釈を意味する
・もっと色んな可能性に。自分も失敗ばかりしてきた。チャレンジしてほしい。それがイノベーションにつながる


と、文脈を無視して書いてしまったが、こんな感じである。
2人のノーベル賞受賞者に共通するのは、答えははじめから分からない。だから色んなアイデアをもちいて失敗を繰り返しながら成功に導く。

これは僭越ながら自分が前から主張してたことと重なるのだが、「やってみなければ分からない」というのがこの社会の現実で、天才が一つの着想から革新を導くということはほとんど例がない。

ところがスポーツの世界では、名指導者と呼ばれる人を呼ぶと、てっとりばやく結果を出してくれるだろうと期待する。
あるいは名選手だった人間が引退すると指導者として迎え入れる。
しかし、そうした人選には大きな落とし穴が待ちかまえている。
過去に成功した人間は成功体験という前例を頼り、成功したことで失敗を恐れる。
そこに本当の意味でのイノベーションは期待できない。

このように考えると、いま大学ラグビーでイノベーションに一番取り組んでるのは慶応ラグビー部ではないかと感じる。
バックスコーチには早稲田出身者のコーチを招聘するなど、いままでにない取り組みをしている。
こうした過去に例のない新しい組み合わせは、まさに田中耕一さんが言うところの本来の意味でのイノベーションである。

慶応は大学ラグビーにおいて最古の伝統を持つチームだが、そもそもそうした歴史を持つ理由は、先人たちが新しいスポーツ文化を日本で最初に取り入れた進取精神があったからである。
まさにその伝統を誇るならば、原点となった進取精神を大切にしなければならないだろうと思うし、今のヘッドコーチはそれを体現しようとしている。

今年の9月からは留学生を入れるのではないかというウワサもあって、真偽は分からないのだが、もしもそれが本当だとすれば面白い試みだと思う。

イノベーションとは、失敗の連続だ。
先日は筑波戦にも負けたことで指導陣には厳しい声が届いているだろう。しかし、そうした茨の道を乗り越えた先にこそ、真の成果があると信じている。
本庶さんが言うように、新しいものを作り出すのに1、2年でどうなるものではない。やはり失敗を繰り返し、アイデアを出しながら、根気強く続けるしかない。
求められるのはその覚悟だろう。