「松本清張の昭和』 | くにたち蟄居日記

「松本清張の昭和』

 「松本清張の昭和」という本は酒井信という方の最近の著作である。松本清張の作品はいくつか読んできているが、本人について何も知らないことに気がついて本書を読む機会を得た。感想は2点である。

 

 1点目。

清張は非常に経済的に困窮している中から出てきた「遅咲き」の作家であったという点を初めて知ってとても驚いた。

 

本書で描かれる清張の若かりし頃の苦境は経済的なものだけではない。貧困が齎した学歴の乏しさであり、学歴の乏しさが齎した「格差」である。特に「格差」の苦しさが骨身に沁みたことが清張の作品に強く影響を与えたという本書の指摘は説得力があった。清張が描き出す人物像、特に犯罪小説における犯人像にはそのような過去の「格差」に苦しむ経緯が多かったと個人的に思った。それが、犯人たちをただの悪役だけで終わらしていないという効果になってはいないだろうか。そこに清張の温かいまなざしというものが存在している。

 

 

 2点目。

 本書の題名は「松本清張の昭和」である。なぜ著者は「昭和」という言葉を入れたのかを考えることは考えるヒントになる。

 

 上記で清張の困窮を言ったわけだが、それは実は昭和という時代における典型的な人生の一つだったと僕は思った。同じような苦境を無数の無名の方が通り過ぎたという時代が昭和の一時代だったのではないか。それが昭和の一つの本質であったのではないか。そんな問いかけを著者は読者に投げかけていると考えると腑に落ちるものが多かった。

 

既に昭和を全く知らない世代がどんどん増えていく中で、「昭和の記憶」も当然ながら薄れていく。松本清張を知らず、従い、読む機会を得ない世代も増加するであろう。その中で酒井信という本書の著者は、改めて清張の作品とその背景として聳え立っている「昭和」という時代を、令和の今に再度描くことの意義を強く感じておられたと僕は理解した。