破局が見えてきた中で | くにたち蟄居日記

破局が見えてきた中で

 これは僕の牧歌的な楽観なのだと思うが、日本人は破局級の出来事の後に強さを見せる民族なのだと思っている。「思っている」というよりは、「期待している」「願っている」というレベルの話なのかもしれないが。

 

 例えば元寇のようにモンゴルが攻めてきた時であるとか、黒船が来て開国をせざるを得なかった時であるとか。若しくは、関東大震災で首都が破壊された時、第二次世界大戦で敗戦した時もその例に加えることも出来ると思う。東日本大震災は今なお続いている災害であるので評価は早いとは思うものの、それなりに日本人の底力を感じさせる場面もあった。

 

 そんなことを考えてみると、実は「破局」がはっきりと姿を見せて示される時は案外我々にとってチャンスになる可能性もあるのではないかと思った次第だ。

 

 では、次の「破局」は何なのか。僕の感覚では日本の政治である。今回の総選挙を巡る諸々の出来事を見ていると、日本の政治も来るところまで来たのではないかと思わざるを得ない。政治家の惨状は言うまでもないが、国民の資質の表れである民意も民意だなという気がしている。であるなら、一旦ここは「破局」的な状況に陥ってしまうというのも一つの考え方ではないだろうか。

 

バブル時代以降の日本はずるずると後退している気がしている。「ずるずる」程度のインパクトであると、後退具合が良く見えてこない。良く見えてこないと、なんとなく見過ごしてしまう。そんな30年が最近であるとしたら、一気に後退振りを可視化するのも一案ではないだろうか。その上で、再度立ち上がることが出来るかどうか。

 

日本だけでもない。世界の無茶苦茶振りが酷い中で、人類は存亡の危機を迎えてきているようにしか見えない。地球での生物の歴史は絶滅の歴史でもある。人類もかような歴史に吞み込まれるのかどうかの岐路に立っていると僕は思う。そんな中で、ややコップの中の嵐であろう日本の状況も一つの試金石ではあるまいか。