徒然草 第七十五段 | くにたち蟄居日記

徒然草 第七十五段

 

 

「徒然わぶる人は、いかなる心ならん。紛るる方無く、ただ一人有るのみこそ良けれ」

 

何もすることが無くて退屈であるという状態を嫌に思う人は、いったいどういう心なのだろう。

雑事に紛れることなく、ただ一人で静かに過ごすのこそが良いのに。

 

 小林秀雄も引用した徒然草の名文句の一つである。

 

 若いころには上記の言葉はなんとなく理解出来る気がしていた方も定年を迎えるころには

逆に上記に頷かない方も多いのだと僕は思う。仕事を引退して「何もすることがない」という状態

を怖れる声も良く聞く。定年延長で働く多くの方も経済的理由だけではなく、実はかような

状態を避けたいと思っている部分も多いのではないかと思う。

 

 僕は吉田兼好が実際にかように達観していたかどうかは分からないと思う。枯れた事を

言いながらも、時代の新しい有り様に強い好奇心を働かせてきた兼好ではあるのだ。

 但し、兼好の視線は現代にも余りに通用することも事実だろう。本段の後段で兼好は

以下を喝破している。

 

「惑ひの上に、酔へり。酔ひの中に、夢を成す」

 

こんな生き方は迷いの上に酔っているようなものであり、酔っぱらって夢を見ているようなものだ

 

 まさに自分の毎日を指摘されている気がした。