「カワセミ都市トーキョー」 柳瀬博一
僕の住んでいる国立市や実家のある三鷹市の川沿いでカワセミを見る機会が増えてきたことで
本書を読む機会を得た。
本書は題名の通り東京で繁殖しているカワセミの観察をテーマとしている。「観察」といっても
著者がご自身の限られた範囲で行ったものだ。学術的なカワセミの生態記録ではなく、ごく
極私的なカワセミとの遭遇を描き出したエッセーに過ぎない。「過ぎない」と言うと本書を貶めて
いる響きが出てしまうかもしれないが、僕は全くそれを意図していない。なぜなら本書において
カワセミは「素材」に過ぎないからだ。本書の真のテーマは「自然とは何か」という古典的かつ
今でも新鮮な「大テーマ」に対する「一つの答え」を提出することにある。
著者は一旦は東京都市部からいなくなったカワセミがなぜ戻ってきたのかを追求する。「公害
などによる都市部の汚染が改善されてきたことでカワセミが戻ることが出来た」という簡単な
分析に留まらず、「古い野生」と「新しい野生」という二つの「野生」をカワセミの生態から取り出して
きている。特に「新しい野生」という主張こそが著者の提出する「自然とは何か」への一つの
答えだ。
その「新しい野生」とは、カワセミがコンクリートに囲われた川で外来種の魚やエビを餌と
することで人間にも隣接した場所で生活するようになったという適応を意味している。つまり
現在の東京の河川の風景はカワセミにとってはすでに十分に「自然」になっているということを強く
示唆している話だ。
そう考えると帰るべき「自然」というものは既に幻想に過ぎないのではないか。いまの東京で
繁殖を拡大しているカワセミたちが江戸時代の東京の河川を懐かしがるとも思えない。
「自然」とは、かつて昔にあったものでもない。常に現在進行形で動いていく流動的なもので
あると言えるのではないか。そんな主張を著者はカワセミに言わせている気がした。