「乱れる」 成瀬己喜男
最近成瀬の映画をぽつぽつと見ている。面白い。もっと早く観るべきであったと反省しているが、一方
今鑑賞することが出来ることは楽しい。
本作は悲恋物語という事なのだろうが、僕はまず第一に唱和のある時代を切り取った作品であると
理解した。主人公の経営する町の酒屋が新しく進出してきたスーパーマーケットの低価格政策によって
苦境に陥るということが、この恋愛物語の現実性を支える背景となっている。
実際その風景は、例えばその後にはシャッター通りという形で日本の各所において見られる風景に
結実した。僕自身も小学校の頃には、かなりの同級生の実家がお店をやっていたことも思い出した。
そんなお店たちもその後退場を迫られたことが唱和の歴史である。そんな時代を1964年に公開
された同作が、既に予言的に描きだしている事は先見性以外のなにものでもないと思った。
若しくは1964年の時代から既にシャッター通りは問題となっていたのだろうか。たまたま同年に
生まれた僕としては皮膚感覚が無いので分からないわけだが。
さて、テーマは悲恋である。成瀬は女性を描き出したら当代一と言われたらしい。実際にこの60年近く
前に制作された映画は、いまなお非常に艶めかしさを放っている。
ヒロインの高峰秀子が放つ官能性はエロスと言っても良い。「中年の未亡人と12歳年下の義弟との
禁じられた恋愛」と書き出すと、やや背徳じみた響きもあるが、本作は正しくその背徳性が主題である。
戦後の日本においては夫を戦争で亡くした妻が、夫の弟と再婚するという場面はごく普通によくあった
話だと片づけられてしまう。但し、本作を観ると当たり前ながらも、簡単な話では無かったのだろう。
但し、そんな「簡単な話では無かった」点をヒロインが乗り越えられなかった点で悲劇は起こった。
乗り越えられなかった理由が背徳性に耐えられなかったとしたら、そこがエロスの湧き出る場所でも
あるのだと僕は思った。