「辛口サイショーの人生案内」 最相葉月
ココニイルコトという映画が好きで、原作者の最相を知るきっかけを得た。それ以来最相の本は
数冊読んできている。
「はじめに」の中で最相は人生相談について以下を述べている。
「内緒話はダダ漏れとなるもの。そんな人間社会の必定を逆手にとったのが、新聞やラジオの
人生相談です。衆人環視の中で相談していながら、匿名性は保たれているため誰の話か
分からない。そうです。相談を内緒にするのではなく、相談者を内緒にすれば、相談者は誰にも
知られずに専門家の回答が得られ、読者や聴取者にとっては楽しくためになる。この一挙両得
を狙った人類史上最高のエンタテイメントが、人生相談だと私は思っています」
この一文を読んでなるほどと感心する一方、人間の悩みが「最高のエンタテイメント」である
と言い切ってしまう最相は、ある意味で確信犯ではないだろうか。加えて、彼女が人生相談に
応じる専門家なのかどうか。そんな疑問符を持って本書を読み始めたら、面白くて直ぐに
読み終わってしまった。
彼女は相談者と面識は基本的には無いだろう。「会ったこともない人」の人生相談に対して
彼女は真摯に返事している訳だが、ところで最相は誰に対して返事をしているのかと考える事が
本書を読むという事である。
言うまでもないが、最相は人生相談を読んでいる不特定多数の読者に対して返事を出して
いる。不特定多数者は相談者自身ではないし、相談者を知る由も無い。一方で最相は
「不特定多数」への面識もないだろう。従い、相談者、回答者(最相)、読者がすべて
無関係でバラバラな状態に置かれている。そんなコミュニケーションがそもそも成り立たない
中で語られる物語を成立させているのは最相の相談者への愛情である。最相は不特定多数
に対して「私はこの相談者を愛しています」と言い切る事が本書である。その言い切りが
彼女を「専門家」にさせている。
ではなぜ彼女はかような愛情を持つ事が出来るのだろうか。それは彼女自身の人生の何かが
そうさせているという事なのだろう。詳細はもちろん分からない。僕も最相という方にお会いした
事もないからだ。本書は「辛口」と題名で謡っている。実際にその通りだ。但し、底に愛情が
流れていることも読み取れる。そんな愛情の発露をエンタテイメントと呼ぶことも可能なのかも
しれない。